自分の進化と退化、そして、日本と中国の進化と退化

  スペシャル「身のまわりの進化と退化」                                                                                                                                     黄 文葦 


いつも自分の記憶力が強いと自信を持っている。遠い昔のいろいろなことの詳細を覚えていて、色や匂いも記憶に残っているような気がする。少年時代、友達と一緒にビーチに遊びに行った。その時に着ていた服の色や、そこで食べた食べ物、夜はどんなテントに泊まったのか、どんな会話をしていたのかなど、それら繊細なこと、今でも映画シーンのように頭の中に思い描いている。 

この前に、その時、一緒にビーチに行った友達の一人とネットで昔話を話していて、彼女は、その日海に行ったことは覚えているけど、詳細は覚えていないと言われた。私が30数年前のことをはっきり覚えているのがうらやましいと言ってくれた。私は「私の使命は細部を記録して文字で表現することだから、これほど多くの記憶の断片を保存しておくことが私の宿命です」と言った。 

ところで、今年、自分の記憶力がちょっと退化した、と自覚している。例えば、自宅の二階から一階に降りて何かを取りに行くはずだったのに、下に降りた時には何だったか、忘れた…それは記憶力の低下の兆候ではないか、と気がついた。年齢が重なることと関係があり、自然の法則にはどうしようない。
 

しかし、このような退化は、過去の嫌な記憶を和らげるためにもなるではないか、と思考回路を回ってきた。かつて、記憶力が良すぎて、と悩む時期があった。面倒なことをたくさん脳の裏に保存されていて、生活の効率を下がるわけである。記憶を強すぎると孤独になりがち、自分の記憶を分かち合う人がいないから。しかも、人の印象は過去の記憶に囚われたままであり、過去の経験を依存して現在目の前の人と向き合うことで認知の誤りにつながることが多い。
 

記憶力に関して、選択的に良い物語を覚えて、憎しみと後悔を風化させたらいいね。記憶の退化を知った上に、限られる脳のスペースを有効に利用するために、記憶力の退化を知恵の進化へと昇華できたらどうだ。頭の中の消しゴムを自分でコントロールすればよいというわけだが、それは大した意志力が必要だろう。 

2020年、私が一番感心した「人の進化」は、二人のアメリカ大統領候補者であった。74歳のトランプ氏と78歳のバイデン氏、二人が熱弁をふるう姿をテレビで見ていて、心の底から尊敬した。人間として、70歳を超えても彼らは自らを進化させ、老いが生命力であることを示している。彼らは多くの人のロールモデルになり、生きているうちに、進化をあきらめない。
 

2020年、自分にとっては、人生の新たな進化は日本語のメルマガを発行すること。20年間、日本語で情報を吸収してきた。自分なりに考えを練り上げていこうと思い切りメルマガを実践した。日中比較のメルマガは、日本中唯一無二かどうか、確認できないのだが、唯一無二のカタチで心の声を発信したい。
 

メルマガを作ることで、さらに日本と中国の進化と退化を日々考えている。本来、日中往復はとても便利で、日中行き来する人には飛行機に乗るのは、タクシーに乗るのと同じくらい簡単であった。しかし、2020年、海を越えることは難しくなっている。これは時代の滞りに違いない。個人的には旅を出られない。ただし、そのおかげで、時間がたっぷりある。新しいことを体験しようという「心の進化」もあるではないか。 

そういえば、日本と中国、進化のカタチと極意が違っている。この20年間、中国はハイスピードで発展してきた。進化しすぎることにもあっちこっちあって、自然環境が変り果てる。20年間中国と離れて、故郷はもはや思い出の故郷ではなくなり、都市はコンピュータのソフトウェアのアップグレードよりも早く変化し、完全に認識できなくなる。 

一方、日本は停滞しているように見えるのが…新宿駅に行く度に、私はいつも新宿駅がまだ進化しているね、と感心する。この十数年間、新宿駅の中、必ずどこか「工事中」になっている。なかなか完成しないで一歩一歩拡張していく新宿駅、日本は狭いけれど、新宿駅は広くて奥深い。日本は進化しているのか、それとも退化しているのか、新宿駅をみればわかる。日本は新宿駅のようにゆっくり長続きマイペースで進化すればいいんだ。 

一号館一○一教室

とある大学の学生記者・カメラマンOB・OGによる先駆的Webマガジン     カバー写真:石川龍