中国に関する質問(三十一)
昔ながらの母親像は温かみのある憧れの存在
【質問】
孟武さんの母親への思いの記事を胸熱くして読みました。日本には「かあさんは夜なべをして 手袋あんでくれた」とはじまる歌があって、私も耳にするたびに涙をこぼします。ところが、女性たちのなかには「この歌、大嫌い!」という声がけっこうあるのです。中国では、そうした昔ながらの母親像に対して若い女性はどのように受け止めているのでしょう?
【回答】
数人の中国の若い女性に日本の歌の歌詞「かあさんは夜なべをして 手袋(あんでくれた」を紹介してあげました。その昔ながらの母親像に対して、「日本の母親らしい」「日本の映画やドラマで見る日本のお母さんは、みんな優しい人ばかりです」「昔のドラマ『おしん』を思い出した。ずっと日本人の母親像は『おしん』のような人を想像している」。
昔ながらの母親像は温かみのある憧れの存在だと受け止めているようです。逆に、なぜ日本の女性たちのなかには「この歌、大嫌い!」という声があるのは、ちょっと不思議と思われたらしいです。 唐・孟郊の詩「游子吟」の中、「慈母手中綫,游子身上衣」(慈母の手には裁縫の糸、旅立つ息子が着る衣服)の名言があります。母親の深い愛情とそれに対する感謝を描いた詩です。「かあさんは夜なべをして 手袋あんでくれた」の雰囲気は「游子吟」と似ているのでしょう。
また、自分の母親が強すぎる人だと思われる人が多いです。母親の女性らしさが足りないではないか、と考えている人もいます。ほとんどの母親は家事・仕事を両立できていること。家庭の中、母親は女王のような存在だそうです。 筆者は自分の母親を語ってみたいと思います。母親は2015年4月、突発脳梗塞で、75歳で永眠しました。母はとても気が強い人でした。昔、仕事で「一番」と「優秀」を取らないと、気がすまないような気質でした。 定年退職以後、母の身体の調子がずっとよくなかった。「若い時、仕事を頑張りすぎた。身体によくない。そんなに頑張らなくてもいい」と悔いを漏らしたことがあります。
母は重度の偏食で、食べられないものが多かった。そして、母が自身の偏食のことを「反面教師」と言い、家族にいろんなものを食べさせ、毎日いろんな料理を作り、家族の栄養バランスをよく留意していました。 母は小学校の国語先生であった。
筆者は小学生の頃から、母がいろんな本を私に読ませた。この中、キリスト教の聖書もあった。どこから入手されたのかは分からないが、香港の学校の教科書をも筆者と兄弟に勉強させ、それが、中国の教科書と随分違うものでした。現在、筆者は文章を書く人生を送っているのは、母のおかげだと思います。
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