熊井 啓 監督『ひかりごけ』
その顔つきには
食欲の正体が
363時限目◎映画
堀間ロクなな
武田泰淳原作の『ひかりごけ』については、前回のブログで団伊玖磨作曲のオペラを取り上げたことで済ますつもりだった。ところが、どうしても熊井啓監督が制作した映画(1992年)にもひと言だけ触れたくて、小さな記事をもうひとつ立てることにした。
飢餓に瀕した洞窟の中央に、最初に息絶えた乗組員の裸のなきがら。その背中にナイフを突き立て、初めて人間の肉を口にしたときに、若い西川(奥田瑛二)は戻しそうになるのを懸命にこらえて呑み込むが、船長(三国連太郎)のほうは頬をふくらませてもぐもぐ、もぐもぐと丹念に咀嚼する……。映画を観ているあいだは気にならなかったのに、あとになって、その無表情な顔つきが前触れもなく、ときやところを選ばず、今日に至るまで瞼によみがえってはわたしを脅かすのだ。そこには、われわれが生きているかぎり解き放たれることのない、食欲というもののおぞましい正体があった。
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