平成最後の夏、自然と人間の繋がりを知った
黄 文葦
最近、マスコミでは、よく見かけた言葉は、「平成最後の夏」である。「最高の思い出を作りましょう!」とか、「忘れられない恋したい!」とか、盛り上がっていた…早くも「平成」を名残惜しんだ。
私は、この「平成最後の夏」に自然と人間の繋がりを知った。
この夏、夕焼けの綺麗な日が多い。海や山、観光スポットに行かなくても、夕方、家の近く、商店街などのところで、西方の空を見上げて、詩のような夕焼けが空を燃えているよう見えた。そして、「一日どんな忙しくても、夕焼けを見る時間を作りたい」と平成最後の夏に心得ている。現代人がいつも時間に追われて、暮らしの中の美意識を忘れがちである。自然の美を逃してしまうのはもったいない。
この夏に一つちょっと不思議な体験があった。花粉の季節ではないのに、花粉症のような症状が出た。私は病院に行って診療を受けた。医者さんが私の鼻と耳を検査した後、いきなり「先週の月曜日、めまいの症状がありましたか?」と聞かれた。「なぜご存知でしょうか?」と思わず聞いてしまったほど、私は医者さんの問いにびっくりした。思えば、確かにその日はめまいがした。「医者ですから」医者さんが自慢げに微笑んで、説明してくださった。「その日、台風の前日ですから、実は、人の体が自然と密接な関係を持ちます。「気象病」という病気があります。台風の通過など気象の影響で、めまいや頭痛などを発症することが考えられます。今回の花粉症のような症状も雨の日なので、鼻が敏感に反応した故です」。
確かに、私がめまいをしたその日、25年ぶりに「非常に強い」勢力を持つ台風21号が日本に上陸する前日であった。自分の体が台風と雨に反応してしまって、まさに「天気予報機能」をつけられているではないか、と複雑な気持ちになった。それゆえに、自然と友達になるべきだと思っている。自然に敬畏の心を抱かなくてはならない。自然がよくなるために、自分にはできることが何でしょうか、と真剣に考えずにはいられない。
自然が私たちに無限の美とたくさんの試練を与えてくれる。平成最後の夏、自然災害がきれいな夕焼けと共に記憶に残っている。この夏、心が痛むほど、災害レベルの暑さ、台風、豪雨、地震などなど、日本各地に甚大な被害をもたらした。
日本は自然災害大国であること、平成最後の夏に改めて痛感された。「無常観」は、中世以来長い間培ってきた日本人の美意識の特徴の一つと言われているのが、自然に対し、「仕方がない」と、淡々とした態度だけでいいでしょうか。天災は忘れた頃にやってきた。9月6日の北海道地震は想像以上に被害が大きかった。電力不足であることが明らかで示されている。東日本大震災が七年間経った現在、日本社会の節電意識が薄れ、明るさへの「罪悪感」が消えつつある。「節電」というより「社会の一体感」が薄れていくではないか。この夏、あんまりにも自然災害が多いので、ネット上、「平成で日本が終わるかも」というネガティブ声もあった。
自然と調和するために、何か新しいことを始めようとしませんか。私にはとりあえず本屋さんに行く際にマイブックカバーを持とうと決めた。本を買う際についてくる紙製のブックカバーが不要になり、ゴミが減るでしょう。きっと一人ひとり自身ができることが見つけられると思う。
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