泉 鏡花 著『外科室』
私はね、
心に一つ秘密がある
761時限目◎本
堀間ロクなな
名古屋市で主婦が自宅で刃物により刺殺され、26年後に容疑者として逮捕されたのが被害者の夫の高校の同級生の女性だったというニュースは記憶に新しい。ふたりはソフトテニス部の部員同士で、バレンタインデーにチョコレートを贈る関係にあったところ、卒業して20数年ぶりに部活のOB会で再会して、おたがいの家族について語るなどしたあと、半年後に容疑者は犯行におよんだという。テレビや新聞がしきりにその動機の不可解さを唱えるなかで、わたしは泉鏡花の小説『外科室』(1895年)を思い浮かべていた。
こんなストーリーだ。見目麗しい伯爵夫人が重度の疾患で開胸手術を受けるため、東京府下の病院に入り、国手の誉れ高い高峰医学士いましもが施術に取りかかろうという段になって、突如、ベッドに横たわる夫人が麻酔剤の使用を断固拒否する。
「私はね、心に一つ秘密がある。麻酔薬(ねむりぐすり)は譫言をいふと申すから、それが恐くつてなりません。何卒(どうぞ)もう、眠らずにお療治が出来ないやうなら、もうもう快(なお)らんでも可(い)い、よして下さい。」
伯爵夫人は理由をこう告げたきり、あとは立ち会いの家族たちがどんなに説得に努めても一切耳を貸そうとしない。すると、高峰医学士は麻酔なしでも責任をもって手術を成功させると宣言して、鮮やかな手並みでメスをふるいはじめた。そしてたちまち、つぎのような情景が繰り広げられたのだ。
「痛みますか。」
「否(いいえ)、貴下(あなた)だから、貴下だから。」
かく言懸けて伯爵夫人は、がつくりと仰向きつつ、凄冷極りなき最後の眼(まなこ)に、国手をぢつと贍(みまも)りて、
「でも、貴下は、貴下は、私を知りますまい!」
いふ時晩(おそ)し、高峰が手にせる刀(メス)に片手を添へて、乳(ち)の下深く掻切りぬ。医学士は真蒼(まつさお)になりて戦(おのの)きつつ、
「忘れません。」
その声、その呼吸(いき)、その姿、その声、その呼吸、その姿。伯爵夫人は嬉しげに、いとあどけなき微笑(えみ)を含みて高峰の手より手をはなし、ばつたり、枕に伏すとぞ見えし、唇の色変りたり。
この直後に、高峰医学士もまた自死を遂げる――。
実は、伯爵夫人はまだ独身の娘だった時分に、小石川植物園を散策中、当時は医学生の高峰と偶然にすれ違ったことが明かされる。そのたった一度の邂逅でふたりはひと目惚れし、相手も同じように自分に恋したとは知らないまま胸深く思いを秘めてきて、こうして9年ぶりにふたたび偶然に再会するなり情死の運命を選び取ったというのだ。
果たして、これは泉鏡花の怪奇趣味がこしらえた荒唐無稽な戯画だろうか? わたしは必ずしもそう思わない。だれだって思春期にひと目惚れした異性に対して、いつまでも色褪せることのないイメージを抱き続けた覚えがあるはずだ。かくいうわたし自身、いまこの年齢になって、そんなクラスメートと同窓会で久しぶりに再会すれば、傍目にはもはや70歳近い老女だったにせよ、こちらの目には半世紀前の初々しい美少女のままにしか映らないのである。
つまり、こういうことだろう。『外科室』の伯爵夫人は、病院の手術室で横たわりつつ、そこにかつてひと目惚れした高峰医学士を認めた刹那、いっぺんに意識が9年前に遡ってしまい、その過去の記憶に殉じるべく相手のメスで自害したというわけだ。それは情死というより、むしろ自分にとって自身が最も美しく輝いていた瞬間を取り戻そうとする自己愛の衝動であって、そのためには以後の恵まれた家庭生活と引き換えにしてなんら惜しくなかったことを意味していよう。
名古屋市の主婦殺害事件においても、容疑者の女性は同窓会でひと目惚れした異性と再会して同じ心理に呑み込まれたのではないか? たとえ、その刃がおのれではなく、相手の妻に向けられたのだとしても――。
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