バーリン著『ハリネズミと狐』
トランプ大統領の
支離滅裂な発言を読み解くために
785時限目◎本
堀間ロクなな
ドナルド・トランプ大統領の支離滅裂としかいいようのない発言を前にして思い出した動物がいる。
ハリネズミと狐
ソ連時代のロシアの思想家アイザー・バーリンは著作『ハリネズミと狐』(1953年)で、古代ギリシアの詩人アルキロコスが残した「狐はたくさんのことを知っているが、ハリネズミはでかいことを一つだけ知っている」という語句を引いて、人間のタイプを大別する指標に用いた。河合秀和訳。
というのは、一方では、いっさいのことをただ一つの基本的なヴィジョン、ある程度論理的に、またはある程度明確に表明された体系に関連させ、それによって理解し考え感じるような人々――ただ一つの普遍的な組織原理によってのみ、彼らの存在と彼らのいっていることがはじめて意味を持つような人々と、他方では、しばしば無関係でときには互いに矛盾している多くの目的、もし関連しているとしてもただ事実として、なんらかの心理的ないし生理的な理由で関連しているだけで、道徳的、美的な原則によっては関係させられていない多くの目的を追求する人々とがあり、その両者の間には、大きな裂け目が存在しているからである。後者の部類に属する人々が送っている生活、彼らの演ずる行為、彼らの抱いている理念は、求心的でなくて遠心的であり、彼らの理想は散乱したり拡散したり、多くの次元を駆けめぐって、きわめて多様な経験と対象の本質をあるがままに把えようとする。しかも意識的にも無意識的にも、なんらかの一定不変で無限抱擁的な内的ヴィジョン、ときにはそれ自身で矛盾していて不完全で、またときには熱狂的な統一的ヴィジョンの型に多様な経験と対象とをはめ込もうとはしないし、またそれをヴィジョンから排除しようともしない。
バーリンは第一のタイプはハリネズミ族、第二のタイプは狐族に属するとして、19世紀のロシア文学についていえば、前者がドストエフスキー、後者がプーシキンをもって代表されると見なした。ところが、もうひとりの天才レフ・トルストイに関してはこうした二分法では捉えきれず、その偉大な作品『戦争と平和』(1869年)にかねて指摘されてきた支離滅裂ぶりを分析して、本来は狐であるのにハリネズミと自己認識する第三のタイプを提示してみせる。
そして、『戦争と平和』執筆の際に依拠したとされるフランス革命期の王党派の歴史家ジョゼフ・ド・メーストルと重ねあわせて、科学や文明、合理主義を受け容れず、独善的な歴史観を振りかざすかれらの矛盾をつぎのように要約するのだが、これはトランプ大統領が抱え込んだ矛盾でもあるのではないか。
このような敵対的なタイプの知識――つまり、方法の吟味から生れる知識と、「現実感覚」、「智恵」から成るもっと触知しがたい知識――の間の喧嘩は、非常に古い。そして一般に、両方の主張にそれぞれいくらかの根拠が認められてきた。もっとも激しい衝突は、それぞれの領分の間の境界を画する正確な線にかかわるものであった。科学的でない知識を支持して大きな主張をふっかけたものは、敵手からは非合理主義、蒙昧主義であり、情緒とむき出しの偏見を支持して確認可能な真理の信頼するに足る公的基準を意図的に拒否しているとして非難された。そして彼らは彼らで、その敵対者、野心的な科学の擁護者にたいして、馬鹿げた主張を唱え、不可能なことを約束し、偽りの目論見を提出しているという非難を浴びせた。歴史や芸術や個人の魂の状態について、それがなんであるかを理解してもいないことが明々白々であるのに、また彼らの努力の結果がたとえまったくの無駄でないとしても、思いもかけぬ、ときには破滅的な方向を取りがちであるのに、それを説明しよう(またそれを変えよう)としているというのである。それというのも、彼らは虚栄心と鼻っ柱が強く、常にあまりにも多くの状況のあまりにも多くの要因が未知であり、自然科学の方法によっては発見できないことを認めようとしないからなのである。
こうして眺めると、トランプ大統領の常人離れした言動はとかくかれの特異な個性に由来すると見なされがちだけれど、その実、決してマジョリティではないまでも脈々と受け継がれてきた近代人のひとつのタイプといえるのかもしれない。
ところで、わたしはトルストイがハリネズミと狐のはざまにあってもがき苦しんだのは、バーリンの見取り図にしたがえば、かれがプーシキンやドストエフスキーよりも深刻に「死の恐怖」と対峙からではないか、と考えている。『戦争と平和』の根本の主題もそこにあったろう。だとするなら、トランプ大統領もまた……??
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