橘 曙覧 著『独楽吟』
たのしみは
昼寝せしまに
799時限目◎本
堀間ロクなな
昼寝――。ことによると、わたしがサラリーマン生活を卒業して見つけたいちばんの楽しみは、それかもしれない。ほんの小一時間ほどだが、都合がつくかぎり季節を問わず午後に惰眠をむさぼる。この心地よさをどう表現したらいいだろうか? そんなことを考えめぐらしているさなかに、つぎの歌と出会った。
たのしみは 昼寝せしまに 庭ぬらし ふりたる雨を さめてしる時
橘曙覧(たちばなのあけみ)の作。1812年(文化9年)越前福井城下の紙筆墨商に生まれたかれは、若くして家督を異母弟に譲って隠遁し、本居宣長流の国学を志すとともに和歌にも取り組み、藩主・松平春嶽の知己を得たものの、幕末の動乱期をあくまで清貧のうちに過ごして、1868年(慶応4年)に57祭で没した。そんな歌人の肩の力の抜けきった作風を端的に示す『独楽吟』は、「たのしみは」ではじまって「時(とき)」で結ばれる52首がつらなり、上記はそのなかのひとつだ。
平易簡明、なんの解説の必要もないだろう。昼寝から目覚めて通り雨のあったことを知り、あたかも胸中が洗われたような感覚を吐露したもの。ただし、わたしにいわせるなら、実際に雨が降ったかどうかはどうでもよい、いずれにせよ、ひとときの昼寝のあとには周囲の世界が潤いを帯びてみずみずしく目に映るのだ。
ついで、橘曙覧はこんな歌も吟じている。
たのしみは 昼寝目ざむる 枕べに ことことと湯の 煮えてある時
岩波文庫版の歌集の注釈(水島直文・橋本政宣)によれば、「茶を淹れることより湯のたぎる気分を味わう」との由。それはそうだとしても、必ずしもお茶のためだけに枕頭でわざわざ湯を沸かしていたのではなかろう。というのは、しばらくあとにこんな歌も控えているからだ。
たのしみは つねに好める 焼豆腐 うまく煮たてて 食はせけるとき
年齢を重ねてこそ知る至福の境地だろう。もとより、お銚子のひとつふたつがともなっていることはいうまでもない。わたしも昼寝から覚めてほどなく、寒い季節なら湯豆腐、暑い時期なら茹でた枝豆があって、安酒の杯を手にできれば、それだけで桃源郷に遊ぶかのような心持ちがしてくるのだ。
ついでに、蛇足をつけ加えたい。わが家にはもう長らく生活をともにしてきた愛犬のチワワ、「ロク」(オス、15歳)と「なな」(メス、18歳)がいる。かれらは毎日、昼寝のタイミングがやってくると、先に布団で待っていて、わたしといっしょに寝息を立てはじめるのがつねだ。そこで、拙作を一首――。
たのしみは 老いた犬らと 川の字に 昼寝しながら 夢むすぶとき
0コメント