ジョン・レノン談『ローリング・ストーン』インタヴュー
いいえ、
ビートルズではありません
811時限目◎本
堀間ロクなな
今年(2026年)はビートルズの来日公演(1966年)から60周年にあたり、メディアではあらためて賑々しい話題となっているようだ。もちろん、昭和戦後の歴史的コンサートを振り返ることは価値があるだろうし、当時の空気を肌身で知る世代には昔日の記憶をよみがえらせる格好のチャンスに違いない。ただし、だからといって、このイギリス・リヴァプール出身の4人の若者によるロックバンドをむやみに聖壇へと祀り上げてしまうなら、かれらが音楽活動のなかで苦闘を重ね、わずか10年で解散してついに再会に至らなかった足跡の意味を見失いかねないだろう。
そんな思いを強くさせられるのは、クリストファー・シルヴェスター編『インタヴューズ』(日本語版 1998年)に収録されたメンバーのひとり、ジョン・レノンの発言が頭に残っているからだ。ビートルズ解散の直後に、かれがアメリカの雑誌『ローリング・ストーン』(1971年1月~2月号、のちに書籍化)のインタヴュー取材に応じた記事の抜粋で、いきなりこんな問答からはじまるのだからのけぞってしまう。片岡義男訳。
――あなたは、ビートルズですか?
いいえ、ビートルズではありません。私は私です。
つまり、こういうことだろう。もしビートルズを4人乗りの車に譬えれば、その颯爽と風を切って突き進む走りっぷりにわれわれは目を奪われるのだけれど、当の4人にとってはあくまで世間を渉っていくための交通手段にすぎず(その道すがら極東の島国までやってきた)、もはや行き着くところまで行き着いた以上はさっさと下車するしかなかったわけだ。重要なのは車ではなく、あくまで個々人のほうであって、そこでつぎのようなやりとりが交わされる。
――あなたは自分を天才だと思いますか。
ええ、天才というようなものがあるとすれば、私は天才です。〔中略〕私のような人間は、自分が持っているいわゆる天才的な才能に、十歳とか八歳、九歳ころに気づくのですが……「天才である自分をなぜ誰も発見してくれないのだろう」と、私はいつも不思議に思っていました。学校では、この学校で誰よりもかしこいのは自分なのに、みんなそのことがわかっていないのだろうか、と考えていました。先生は馬鹿だということもわかっていないのだろうか、自分には知識など必要ないのだが、その不必要な知識だけしか持ちあわせていないのが先生なのだが、それに気づく人はいないのだろうか、と私は考えていました。
この答えはずいぶん面白い。というのも、インタヴュアーの念頭には、ジョンがかつて「ぼくたちはキリストより有名だ」とジョークを飛ばして物議をかもした経緯があったはずだから。ところが、本人の自負する天才なるものが小学校でまわりの子どもや先生を見下していたという、どこでもゴロゴロ転がっている程度の話で、およそキリストを引きあいに出すほどのものからはほど遠かったらしい。むしろ、そんな浮ついた気分ではなく、みずからをありのままに見つめて発想していたことが肝心なのだろう。
かくして、人生を賭した音楽についてこう語る。
――なぜ、ロックンロールなのですか。
私を音楽にむかわせた天啓が、ロックンロールだったからです。〔中略〕くだらないものが入りこむ余地がないほどに原始的だからです。くだらないものは抜きにして、最良のものだけが、ビートをとおして伝わってきますから。ロックンロールとは、そんなふうに伝わってくるものなのです。私には、伝わってきました。私が十五歳のとき、それまでにもずいぶんといろんなことがあったにもかかわらず、伝わってきたのはロックンロールだけだったのです。ロックンロールがリアルで、ほかのものはすべてアンリアルでした。それに、すぐれたロックンロールは、すぐれた、という言葉の意味がどうあろうと、リアルなのです。
なんとイノセントな感受性! おそらく、ビートルズとは4人の若者たちがこうしたあまりにもイノセントな、こわれもののような感受性のうえに一途な音楽活動を繰り広げていった現象なのだと思う。かれらの解散間際のアルバム『アビイ・ロード』(1969年)では、フィナーレのメドレーでかれらが久しぶりに声を合わせて歌うのを耳にするたび、わたしは胸を締めつけられるのだ。
Boy, you`re going to carry that weight
Carry that weight a long time
きみはその重荷を背負っていくんだ
これからの長い人生 ずっと……
(山本安見訳)
ジョン・レノンのインタヴュー記事は、ビートルズのラヴソング『When I`m Sixty-Four』にちなむ、こんなやりとりで結ばれている。かれがニューヨークのアパートメントの前で銃撃によって死を迎えるのはこのときから10年後のことだ。
――「自分が六十四際になったら」どうなっているか、想像できますか。
とてもできません。アイルランドの海のちかくとか、そういったところに住んでいる、すてきな老人夫婦になっていたいと思うのです――狂気のスクラップ・ブックをながめて暮らすというような。
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