北野 武 監督・主演『HANA-BI』
なんで雪なんか見たいの?
こんなに寒いんだよ
814時限目◎映画
堀間ロクなな
「なんで雪なんか見たいの? こんなに寒いんだよ。からだ壊したらどうすんの? 手轢かれて痛い。〔少しの間を置いて〕我慢できないの? そのへんでしちゃいな。大丈夫、見張っているから」
北野武(ビートたけし)監督の7作目にして、ヴェネチア国際映画祭のグランプリを受賞した『HANA-BI』(1997年)で、みずから演じた主人公の唯一のまとまったセリフだ(脚本も北野)。約2時間のあいだ、ほとんど出ずっぱりにもかかわらず、あとは断片的な受け答えだけで、もっぱら無口を押し通す。もともと予定調和とは無縁の北野作品ではあるけれど、それにしてもこの異様さは何を物語っているのだろう?
ツワモノの刑事・西(北野)が率いる捜査班は凶悪犯を追跡中に銃撃されて、部下の田中(芦川誠)が殉職し、親友でもある堀部(大杉漣)が重傷を負う。激しい復讐心に突き動かされたかれは、衆人環視のもとで犯人を射殺したあともさんざん死体に銃弾を浴びせたのち、警察を辞め、旧知のヤクザ組織から借金して、田中の遺族や車椅子生活となった堀部の経済的な支援に尽くした。
そんな西自身、深い絶望のなかにいた。2年前に幼いひとり娘を亡くし、妻の美幸(岸本加世子)はそのショックから立ち直れないまま白血病に冒されて、もはや余命いくばくもない状態にあったのだ。そこで、かれは警察官になりすまして銀行強盗を働き、多額の現金を手にすると、ヤクザ組織の借金を返済したうえで、夫婦ふたりで当てのないドライブ旅行に繰りだした。
その途上、いきなり美幸が雪を見たいといいだしので北に向かい、山間の雪道に入ってタイヤにチェーンを巻いているさなかに、美幸が車をバックさせて西の手を轢くというギャグを経て、口にされるのが冒頭の言葉である。後段は、今度は美幸が尿意を催したので、道路脇に送りだしたところ雪溜まりにはまってしまい、西がほうほうの体で救いだすという、これもギャグに接続するものだ。そうした他愛のないシーンに唯一のセリフを差し挟んだのは、ここを区切りとして無言の修羅から純白の世界へと足を踏みだしたことを示すためだったと思う。
このあと、雪国の温泉旅館で夜を過ごしていると、西の銀行強盗の件を察したヤクザ組織がもっとカネをせしめようと追ってきて、その用心棒(白竜)ら3人を問答無用で撃ち殺す。さらに翌朝には、かつての同僚刑事(寺島進)の捜査の手も迫り、西はほんの少しの猶予を求めたあとで、海辺で凧揚げに興じる少女の姿を眺めながら、美幸と最後の抱擁を交わし、やがて2発の銃声を轟かせるのだった――。
こうして西と美幸は潔く人生に終止符を打った、というのがひとまずストーリーの帰結であり、それはそれで胸を揺さぶるものではある。しかし、いくらなんでも救いがなさ過ぎやしないか。北野の一筋縄ではいかない作風を考えたとき、それではあまりにも短絡的で、もっと別のストーリーがひそかに仕掛けられている気がするのだ。実は、海辺で凧を揚げる少女には、なんと北野の実の娘の松田井子が扮していて、当時15歳だった彼女はこのときの体験をつぎのように回顧している。
「最初の台本には、ただ凧を持った女の子が走り回っていて、それでお父さんが凧を上げる手伝いをしたら敗れちゃったということしか書いてなかったんです。〔中略〕それが撮影の前の夜になって、皆さんがお食事している時に、お父さんがちょっと台本を変えたいと言い出した。私を映画の最後に出したいと言うんです。でもあの人は頭の中でわかっちゃってるから、人にうまく口で説明できないんですよ。〔中略〕朝起きてみたら、お父さんは『こういう風にしよう』とか昨日の話をちゃんと覚えてた。最初の台本とは全然違っていて、初めはとにかく走っていればいいんだと言われてたのに、いきなり演技が増えちゃったんです」(『ビートたけし全記録 コマネチ!』新潮文庫 1999年)
どうやら、当初のプランではほんのギャグのひとコマだったものが、撮影の段階に至って突如大きな意味を負うことになったらしい。その結果、ラストシーンに配置された、少女の両眼を見開いた表情のクローズアップは何を意味するのか? すぐ目の前で中年男女のカップルが拳銃で頭を吹っ飛ばして心中を遂げたという、そんな無惨な光景であったはずはない。
わたしは、このとき少女は西と美幸が自分の父母であることを知ったのだと理解する。すなわち、彼女は2年前に亡くなったふたりの娘であり、親子3人がようやくいま彼岸で喜びの再会を果たした。だとすれば、ここに至る道のりがたとえ血なまぐさいエピソードに点綴されていたとしても、そのために必然のプロセスだったのであり、かくして暴力もまた神話めいた光輝を放ってくる……。北野監督がこの映画に託した主題は、そこにあったのではないだろうか?
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