『毛沢東語録』

革命は暴動である――

そこに刻まれた支配原理を読む


76時限目◎本



堀間ロクなな


 中国の文化大革命(1966~76年)の時代に、若い紅衛兵たちが「造反有理」「革命無罪」と叫びながら、右手を上げて高々と掲げていたのが赤い表紙の『毛沢東語録』だ。いまにして振り返ると、一冊の本が歴史のアイコンとなりえた最後の事例かもしれない。もとより世界各国の言語に翻訳され、グーテンベルクによる活版印刷の発明以降、すべての出版物のなかで『聖書』につぐ総発行部数を記録したともいわれている。



 「われわれの事業を指導する核心の力は中国共産党である」(竹内実訳)ではじまる語録は、毛沢東主席の著作などから抜き出したエッセンスを、当時の林彪副主席(のちに失脚)がテーマごとに編纂したものだが、ドラマティックな内容の『聖書』に較べると、無味乾燥な理屈が並ぶばかりでとうてい面白いとは言いがたい。これをひたすら学習しなければならなかった青少年は、さぞ忍耐を強いられたことだろう。



 革命は、客をよんで宴会をひらくことではない。文章をつくることではない。絵をかいたり、刺繍をしたりすることではない。そんなふうに風流で、そんなふうにおおらかにかまえた、文質彬彬(ひんぴん)で、そんなふうに温、良、恭、倹、譲はありえない。革命は暴動である。ひとつの階級がひとつの階級をくつがえす激烈な行動である。



 旧来の儒教精神を真っ向から否定する文章だ。わたしはここに、たとえば秦の始皇帝を感激させた『韓非子』五蠹篇の一節、「故に明主の国は書簡の文無く、法を以て教えと為す。先王の語無く、吏を以て師となす。私剣の捍(かん)無く、斬首を以て勇と為す。是を以て境内の民、其の言談する者は必ず法に軌(したが)い、動作する者はこれを功に帰し、勇を為す者はこれを軍に尽くす」と響きあうものを聞き取る。文中の「吏」を中国共産党に置き換えれば、たがいの主張は二千年以上を隔て概ね同じではないだろうか。



 そう、それは中国というひとつの世界全体を作り直そうとする灼熱の意志だ。毛沢東はハナから、人々の耳目をそばだてる物語などには関心を払わず、徹頭徹尾、新たな秩序のもとでの支配者と被支配者の論理を読む者に刷り込もうとしているのだ。だから、最大の命題であるマルクス・レーニン主義のイデオロギーも、しょせんはただの飾りにしか見えない。つぎは『矛盾論』(1937年)から引用された文章。



 外因は変化の条件であり、内因は変化の根拠であり、外因は内因をつうじて作用する、と唯物弁証法は考える。卵は適当な温度をあたえればひよこに変化するが、石ころは温度をあたえてもひよこに変わらない。両者の根拠が違うからである。



 こうした冷徹無比な政治の原理は、おそらく毛沢東だけのものではあるまい、現在の習近平主席体制のDNAにもしっかりと組み込まれているはずだ。このところ、中国サイドの方針転換によって日中関係がにわかに改善へ向けて進みつつあるという。むろん大いに歓迎すべき成り行きだが、さて、中国は日本を卵と見ているのか、それとも石ころと見ているのだろうか?



一号館一○一教室

とある大学の学生記者・カメラマンOB・OGによる先駆的Webマガジン     カバー写真:石川龍