西山圭太ほか 著『相対化する知性』
人工知能をめぐる議論が
世界の見え方を一変させた
268時限目◎本
堀間ロクなな
『相対化する知性』(日本評論社 2020年)について、ここで取り上げようかどうしようか、ずいぶん迷った。「人工知能の出現と社会実装の進展が、人間の知の枠組みや社会の統合の理念にどのような影響を及ぼし得るのか」の主題を掲げた本書は、
第一部/松尾豊「人工知能――ディープラーニングの新展開」
第二部/西山圭太「人工知能と世界の見方――強い同型論」
第三部/小林慶一郎「人工知能と社会――可謬性の哲学」
と、リレー形式の3つの論文によって構成されているのだが、わたしにはかなり手ごわかった。とくに小林論文はちんぷんかんぷんで、ほんの数ページで読むのをやめたくらいだ。したがって、とうてい取り上げる資格などありはしないのだが、せめても心覚えに書き留めておきたいと考えたのは、まんなかの西山(経済産業研究所コンサルティングフェロー)の論文がめちゃくちゃ面白くて世界の見え方を一変させられたからだ。
めちゃくちゃ面白かったと記したものの、それにしてもこんなタッチの文章で、わたしがふだん親しんでいる書物とは相当趣が異なる。
「しかしより根源的なことは、人間ではない人工知能が、部分的であれ記号によらずに高いレベルの知的活動を行うことができるようになった、ということである。なぜ可能となったのか。それは、人間が『知る』対象としているモア、つまり複雑性を生み出すメカニズムそのものが、人間の知能や人工知能と同型のメカニズムだからである、というのが我々の考え方である。結論を先取りすれば、『知る』ということと『ある』ということは同型のメカニズムであり、いずれも世界に内在している、というのが我々の主張である」
これをわたしなりの(雑駁な)理解力で噛み砕くと、こんなふうになる。現在、急速に進行しつつある人工知能のディープラーニング(深層学習)の実践を通じて、どうやら人間の知能と人工知能とは共通のベースに立つらしいことが見えてきた。つまり、人間はとかく地球儀を眺めるように、自分が外側に立ったつもりで世界の複雑な仕組みを観察・認識しがちだけれど、実は、人工知能と同じく人間の知能もまた世界の内側で同じ仕組みのもとにあり、そうした意味で「知る」と「ある」は等価である、と――。
そして、その世界の仕組みはふたつの原理で成り立っている、と著者は説く。ひとつは、つねに複雑性を生み出していく(エントロピーが増大して平坦な世界になるのを防ぐ)ためには、あるまとまりを内と外に分ける仕切りがあって、それを介してエネルギーの交換が行われていること。具体的には、たとえばわれわれの身体を構成する細胞が細胞膜によって仕切られて個々に独立しているさまをイメージしたらいいのだろう。もうひとつは、その内と外とはたんに分別されるだけではなく、どちらもそれぞれのスケールにおいて秩序のある階層構造となっていること。いまの例を使うなら、細胞の内には核、遺伝子、塩基……、外には細胞が集まって組織となり、器官となり、人間となり、生態系となり……と、スケールの捉え方ごとに新たな階層構造が立ち現れるイメージと言っていいのだろう。
なるほど、われわれがものごとを観察・認識するときの知能の働きも、対象を内と外に分け、そこに階層構造を見出そうとしているのかもしれない。しかし、わたしがめちゃくちゃ面白かったのは、ふたつの原理はこうした人間中心主義の世界観とは一切無関係なことだ。すなわち、あるまとまりで内と外が分けられ、その内と外はのっぺらぼうでなくさまざまな階層構造をなしているとは、宇宙がビッグバンによってはじまったのと同時に生じた宇宙自体の原理であり、したがって世界の神羅万象に適用される。著者はこれを「強い同型論」と呼んで、逆に人間の知性もその仕組みに支配されているからこそ人工知能のディープラーニングが可能なのだとして、こう述べる。
「唯一の知的存在である人間がそのいわば孤高の方法によって外部を認識するのだという考え方を前提とすれば、それとはまた別に存在するものと同じである保証があるはずがない。それが実在論に対する疑義であった。しかし、人工知能の登場を契機として、人間の知性の働きが相対化されることとなった。その結果、脳の働きは特別なものではなくなり、認識の対象となる生命体などの物質と同型だと考えることができるようになり、少なくとも先述のようなかたちで実在論に対する疑義は薄まるのである」
こうして、人間の知性はもはや特権的な意味を持たないとの視点が導入される。それを人間の尊厳に対する冒瀆と受け止めるか、あるいは、人間と世界とのいっそうの一体感をもって受け入れるか、それはひとりひとりに懸かっているのだろう。刻々とシンギュラリティ(人工知能が人間の知能を超える技術特異点)が迫るなか、わたしもこれから大いに愉しみながら自分なりの態度を模索していきたいと思う。
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