「辱華」はどういうこと

                                黄 文葦

中国国内の古き友人と話す際に、時々物事に対して、認識の差と価値観の違いを感じることがある。勿論、長年月中国と離れている当方には中国事情について、イメージが霞んでいる部分があるに否めない。ネットで時々中国の著しい変化に驚く。ただし、正直言って当方から見れば、相手には、思考パターンが固まっていることもある。 

 先日、中国国内の友人とチャットをしていた時、いきなり「なぜ中国人が外国人に嫌われるの」と聞かれた。「どういうことでしょうか」当方はちょっと戸惑った。「ノーベル文学賞の受賞者の莫言の作品をちょっと読みましたが、中国人のダークサイドについて書かれていることが多いですが、醜い中国人の物語は外国人の好みに合うのでしょうか」。 

 それは本当に意外な感想であった。当方は彼に、莫言の作品についての感想を正直に話した。「莫言の美しい文字に感服します。また、中国人の欠点だけでなく、人間の奥深さを書いていると思います。 中国人の短所を書いたとしても、中国人を見下しているのとは違います。彼がノーベル文学賞を受賞したのは、人間の本質に共通するものを書いたからだと思いますが」。 

多くの中国人には思い込みがある。外国の人たちが中国に悪意を持っているという思い込みもある。ネットで、よく「辱華」という言葉が使われている。「中国を辱める」という意味だ。 国内外から誰か「辱華」の言動があったら、それを批判するのは愛国者の義務らしい。一部の中国人はあたかも顕微鏡を持って、誰が中国を侮辱しているかを毎日、世界中で調べている。ノーベル文学賞の受賞者の作品でも中国のダークサイドの部分を許さない。 

 中国人は自分の評判や面子を大切にするので、「侮辱」に対しては800%の怒りとパワーで接する。普段あまり団結していない人々は、外国人が中国の悪口を言ったら、直ちに団結して抗議する傾向がある。 外国企業が「辱華」の言論をした場合、すぐボイコットを開始する。従って、中国で事業を展開している外資系企業はどうしても政治に巻き込まれてしまうことがある。 

 昨年8〜9月にかけて、H&M、NIKE、Adidasなどのグローバル企業が新疆綿の取り扱いを止めると発表した。中国のメディアや政治団体などが激しい非難を行ったことで、中国のECサイトなどで「H&M」が検索できなくなるなどの大騒動に発展している。 中国メディアが「中国に対する侮辱的、中傷的な発言を広めている」と指摘したりしていた。中国国内でこれらの企業に対するボイコットが相次いできた。「中国の利益を著しく損ない、国民の感情を害するような企業は、いっそうボイコットされるべきだ」と強く抗議した。 

 以前にも似たような「辱華」事件があった。2018年11月21日、イタリアのブランド「D&G」が、創業者でデザイナーのステファノ・ガッバーナ氏の「辱華」とされる発言をSNSに投稿したり、関連する「侮辱的な」アクセサリーを撮影したりしたことが暴露され、中国では社会的な論争が広がった事件になった。 

 その後、D&Gの上海での大規模なショーが中止されることになり、2018年11月23日に「D&G」の創業者2人が公開ビデオで謝罪した。 2019年 イタリアの高級ブランド「ヴェルサーチ」のTシャツの写真がネット上で公開され、白い半袖には都市名だけでなく、国名も記載されており、香港、マカオを国として記載しており、それで、「辱華」と見なされて、中国で怒りの声が上がっていた。 

 日本企業でも中国と付き合いの中、痛ましい経験があった。2003年、トヨタ自動車は、中国でのランドクルーザーなどのCMが批判を浴びていることに対してインターネットに「中国国民の民族感情を傷つけた」との公開謝罪広告を掲載した。中国で問題となったCMは、ランドクルーザーが中型の中国製トラックをけん引している写真と獅子像がランドクルーザー「プラド」に敬礼している写真だ。 中国では獅子は伝統の象徴。また、ランドクルーザーにけん引される中型トラックが、中国で伝統的なトラックで、その広告は中国の民族感情が喚起され、「侮辱的なイメージ」が国民の心に刻まれたという。トヨタが圧倒的な世論の圧力に屈し、中国での販売不振が余儀なくされた。 

 以上の例を見ると、「辱華」とされた内容は、政治的な部分もあったのが、価値観や文化的背景の違いによるものが多かったそうだ。商業的なルートで対処できたはずで、中国側が民族感情や中国への侮辱にまでエスカレートさせる必要はないだろう。 

 「辱華」と疑われていたブランドの多くは、中国の人々に馴染みの国際的な高級ブランドだ。それらは長い間、多くの人々の生活に浸透しており、それらの製品を購入することは珍しいことではないし、買い物の際に外国のブランドだからといって拒絶することはおかしい。 

 少し考えれば、やみくもにボイコットするのは賢明ではないことがわかる。なぜなら、多くの海外ブランドは中国で製造されており、それらの製品を買わないことで最も直接的な影響を受けるのは、中国の工場で働く労働者であるかもしれないからだ。 

 「辱華」が敏感になったのはメディアの責任が大きいと思われる。メディアはいつも「辱華」をクローズアップして大騒ぎしている。海外メディアが中国を批判する一方で、中国メディアはそのニュースを国中に広める。アメリカや日本を含む世界の多くの国が他国から批判されているが、アメリカ政府や日本政府は、他国からの批判が自分たちへの侮辱だと扱ったことはないだろう。 

 中国政府のスポークスマンがよく「辱華」という言葉を使って、しばしば強い姿勢で外国を批判・揶揄・抗議したりしている。責任ある大国は強気姿勢を取るばかりではなく、他国に対し、柔軟性を示すべきである。共生共存そして共栄の意識を持って、責任を負おう。 

 ことあるごとに「辱華」を言うのは、結局、傲慢で自分に自信がないからではないだろうか。国としての「唯我独尊」の意識を捨てるべきである。さらに中国が本当に平和的に台頭する日が来れば、たとえ他人が中国を罵ったとしても、中国は怒って抗議するのではなく、笑顔で快く受け入れるだろう。 

一号館一○一教室

とある大学の学生記者・カメラマンOB・OGによる先駆的Webマガジン     カバー写真:石川龍