飛騨高山の初雪に出合った
黄 文葦
11月27日の朝、東京駅の新幹線乗り場はかなり混んでいた。「普通」の日常がすでに戻っていると思い知らされた。初めての岐阜県飛騨高山へ出かけた。そして、不思議に、今年高山の初雪に遭遇した。
名古屋で特急列車「ひだ号」に乗り換え、高山へ。東京から名古屋までおよそ一時間半、名古屋から高山までは三時間近くかかった。岐阜までは20分間には座席方向に対して逆向き走行で、岐阜から座席方向に進行するに変わる。その後高山駅で後方列車が切り離される。これは今回の旅行で学んだ日本鉄道に関するもう一つの面白い話。
「ひだ号」に乗って、列車は無数のトンネルを通過してきた。トンネルを通るたびに、季節が変わっていくような気がして面白い。春、夏、秋、冬と車窓の風景が変化していく。植物の色、山や川の変化、まるで四季と移り変わる車窓の風景であった。
一つ長いトンネルを通過すると、不思議な風景が目にした。突如として、外が白銀の世界になり、車の窓に雪の花が叩きつけられている。特急列車が速いので、雪の粒は、列車とは逆の方向に、横向きに飛ぶ。飛騨高山の雪の中に身を置き、一足先に素晴らしい冬を体験している気分になった。勿論、外の世界がどんなに変化しても、列車の中はいつも快適な恒温である。
午後三時頃、高山駅に到着した。想像より高山駅の規模が大きくて近代的な構い、面白いことに大勢の人が高山駅での列車が切り離されるのを興味津々に見守っている。駅前の観光案内所から得た情報で、泊まる予定のホテルの駅前フロントへ、あそこ実はお土産屋さんで、ホテル宿泊客の観光案内と荷物預かりのサービスをも兼務してくれる。
熱心な店主の案内で、まず駅から歩いて10分ぐらいの高山陣屋へ。陣屋の奥まで見学し、庭には雪がひらひら降っていて、優雅でとても美しい。その雪の花は江戸時代から300年の時を超えてきたかもしれないと思いを馳せた…昔の役人たちが入ってきても驚かない。
ところで、陣屋を出た後、日が暮れる時刻になって、しかも、雪の勢いが増勢してきて、暗い中、雪につづまれている。数時間前、自分がいた「東京」はもう遠い世界になってしまった。雪の中、不思議で神秘的な土地で、傘をさして駅に向かって歩こうとした…しかし、結局寒さに耐えなくて、「飛騨米屋」という名の飲食店に入った。雪の夜、ただ一人の客として、老舗の飛騨牛の焼肉定食を堪能した。体を温めてからまた歩き続けていく…
北回帰線近く出身の当方には、雪は特別な存在である。東京では、雪はめったに降らない。20年前、日本に来て間もない頃、神奈川県に住んでいた。一度、夜、アルバイトを終わった後、外には数センチの雪が積もっていると発見し、とても興奮した…
そして、2021年11月末に飛騨高山で大雪に遭遇したこの日のことは、おそらく一生忘れないだろう。 翌日、高山駅からバスを乗って50分で白川郷に到着。白川郷は晴れていた。前日、雪を降ったおかげで、白川郷は一層面白くなった。秋と冬の色が混在している。あんなきれい青空は初めて見たと気がした。青空の下の世界遺産はピカピカに見えた。空との距離感がなくなって、手を伸ばしたら、雲を掴むような感覚。
一つ合掌造りのお家の前、二人の男を見かけた。はしごを持っている人とはしごを登っている人。上に乗っている人は屋根の修理に行くらしい。霧のかかった峰々と青い空を背景に、まるで一枚の絵画、絵の中の人物が天に昇っていくように見えた。
さらに白川郷の凄さを発見した。観光客を対象に、全ての店で、現金支払いより、キャッシュレス支払いで20%割引、100円の温かい串団子が80円になり、野外博物館の合掌造り民家園の入場券も20%割引してくれた。白川郷は中国人観光客には人気の観光地。今は、ぜんぜん中国語が聞こえてこないけれども、白川郷はいつも大勢の海外観光客を受け入れる態勢になっているだろう。 翌日東京に戻ったら、直ちに新変異ウイルスが出たとの情報が耳に入られた。感染拡大の恐れ又あるのか。
2021年、残りわずか。今年はいつも、緊急事態と緊急事態の隙間に旅を出かけている。飛騨高山の初雪に出合って、日常を超えて、コロナ時代の旅を続けて行こう。
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