スピルバーグ監督『未知との遭遇』

「はやぶさ2」が

探りあてたマザーシップとは


402時限目◎映画



堀間ロクなな


 これほど壮大なスケールのニュースにはそうそうお目にかかれないだろう。日本の探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウから持ち帰った砂や石を分析したところ、23種類のアミノ酸が見つかり、そこには生命活動に重要なタンパク質を構成するアミノ酸も含まれていたという。これまで生命の起源については、46億年前に地球が誕生したのちのさまざまな化学反応の連鎖にもとづくという説と、小惑星などに由来する隕石が飛来してそこに付着していた材料がもたらしたという説が対立してきたが、今回の発見は後者の説に重大な証拠を提供した。すなわち、われわれは宇宙からこの地球へやってきた可能性が大きいのだ。



 ずっとあとから振り返ったときに、人類史のエポックメーキングとなるかもしれないこのニュースに接して、わたしはスティーヴン・スピルバーグ監督の『未知との遭遇』(1977年)を思い起こした。



 かつてスクリーンに宇宙人が登場するとしたら、地球侵略が目的であり、人間は科学技術で劣りながらも勇敢に戦うという設定がもっぱらだったのに対して、スピルバーグ監督はあえて宇宙人と人間の相互理解のあり方をテーマとしたことが衝撃的だった。いわば、この作品自体がひとつの事件で、未確認飛行物体を意味するUFOという軍事用語が(日本では同時期のピンク・レディーのヒット曲もあいまって)一般に流布するきっかけとなり、大学生だったわたしも映画館へおっとり刀で駆けつけたのを覚えている。



 ストーリーはごくシンプルだ。むしろ、ストーリーらしいストーリーはないと言ったほうがいいかもしれない。世界各地で正体不明の飛行物体の目撃があいつぎ、そのたびにあたりでは衝撃波とともに電磁気の乱れる現象が発生するのだが、もっと不可解なのは一部の人々がテレパシーのようなものに突き動かされはじめたことだ。そのひとり、発電所職員のロイ(リチャード・ドレイファス)も仕事や家族を顧みることなく、頭のなかに浮かびあがるイメージを追って、ワイオミング州にあるデビルスタワーという名称の岩山に辿り着くと、そこでは極秘裏のうちに世界の研究者と軍人たちによってUFOと接触を図るプロジェクトが進行していた……。



 結局、映画の見どころはひとえに、このいずこから訪れたとも知れぬ宇宙人と人間とのあいだに繰り広げられるコミュニケーションの絢爛豪華なシーンにあるといって過言ではないだろう。いくつかの小型船が軽やかに駆けて露払いしたのちに、雲の向こうから夜空を覆うばかりのマザーシップ(母船)が出現すると、おたがいに五つの音階を並べた音楽の交換がはじまり、最初はたどたどしかったのが、次第に天地を揺るがすばかりの荘厳な合奏へと拡大していく。やがて、その巨大な円盤がついに地球に着陸する瞬間を迎えた。わたしは映画館の闇のなかで、このシーンと出くわした際の鮮烈な印象がいまも残っている。分娩。マザーシップの壁面がおもむろに上下に開いて、その割れ目から白い光に包まれて小柄な宇宙人たちが現れたとき、かれらが胎児を思わせる姿形だったこともあって、あたかも女性の出産の光景を目の当たりにするような気がしたものだ。



 もちろん、このシーンに意図されていたのはただのファンタジーではない。アメリカ空軍UFO研究部の元顧問らを監修に招いて、「Close Encounters of the Third Kind(第三種接近遭遇)」の原題のもとに制作された映画のなかで、宇宙人と接触するプロジェクトのリーダー、フランス人のラコーム博士(フランソワ・トリュフォー)がロイに向かってこう告げているとおり。



 「これは科学そのものなのです」



 このセリフから半世紀近くが経過したいま、果たして、その主題は「はやぶさ2」によって「科学そのもの」となった。はるかな遠い過去、まだ地球が不毛な地表をさらしていたころに宇宙からやってきた無数の隕石は、映画のUFOと異なるとはいえ、やはりまばゆいばかりの輝きを満天に放ったのではなかったか。そして、地表に落下してからは分娩するようにアミノ酸を送りだし、そこから地球の生命史の幕が開いた。いや、地球だけではなかろう。こうした小惑星由来の隕石群は、太陽系の他の惑星にも、また、長大な旅程を経て、別の恒星系の惑星にもアミノ酸を撒き散らしたのではなかったか。であるならば、われわれとルーツを同じくする生命が宇宙のそこかしこに充満しているのかもしれない。



 「はやぶさ2」が探りあてたマザーシップへ思いを馳せるとき、だれしも叫ばずにはいられないはずだ。いまさら地球上で人間同士が戦火を交えることのなんたる愚劣さよ!



一号館一○一教室

とある大学の学生記者・カメラマンOB・OGによる先駆的Webマガジン     カバー写真:石川龍