石塚公昭 人形・写真『泉鏡花 貝の穴に河童の居る事』
鮮やかな形象を与えられた
白日夢の怪
19時限目◎本
堀間ロクなな
「娘は中肉にむっちりと、膚(はだ)つきが得う言われぬのが、ぴちゃぴちゃと潮へ入った。褄(つま)をくるりと」
昼下がり。おのれの沼を這い出し、海辺へと足を向けた河童は、着物の裾をまくって磯遊びをする乙女の純白のふくらはぎに目を留めて……。かくして足元のマテ貝やら、巨大なオオイシナギをかついだ漁師やら、鎮守の杜の神主と姫神やら、現世とも異界とも定かならぬものどもを巻き込んで、めくるめく白日夢が幕を開けた。
小津安二郎監督の昔日の「大人の絵本」に触れたので、今度は当節わたしが惹かれる「大人の絵本」を挙げたい。石塚公昭の人形・写真による『泉鏡花 貝の穴に河童の居る事』(2013年、風濤社)だ。フルカラー・本文96ページのこの本はしたたかな企みのもとに設計され、それ自体がテーマパークのように小宇宙をなしている。ぜひ紙媒体ならではの妙味を体験してほしいところだが、サワリが作者のHPに掲載されているので紹介しよう。
この河童のまがまがしいばかりの実在感はどうだろう。だれしも遠い過去に目の当たりにしたに違いない白日夢の、脳裏にしまわれていた残像がここに鮮やかな形象を与えられた思いがする。
わたしがこれまでに出会った河童たちを思い起こすと、水木しげるのマンガ『河童の三平』のわびしい表情、特撮映画『大巨獣ガッパ』の凶暴な家族愛、清水崑や小島功による「黄桜」キャラクターの色っぽさ、晩年の芥川龍之介が墨絵に描いた狂気のありさま……と、十人十色ながら、いずれもみずからの愚昧に開き直った顔つきで見返してきたものだ。
泉鏡花の筆が生み出した河童もまた愚昧を尻目に、最後は地上を飛び立って天へのぼっていく。神主の翁は手を叩いて笑い、「猟師町は行水時だな。あやつがまた白いふくらはぎに見とれて落ちたら不憫じゃ。見送ってやれ、カラスよ、カラス」と告げて、宵闇のしじまをつんざく音声で結ばれる。
かあ、かあ。
ひょう、ひょう。
かあ、かあ。
ひょう、ひょう。
ふいに、ぎょっとする。石塚が形象化した河童の厚顔は、何のことはない、わたし自身の顔ではないか。まるで合わせ鏡のように、こちらが秘めていたものを赤裸に映し出してしまうところが、河童が妖怪のゆえんなのだろう。
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