ドン・シーゲル監督『第十一号監房の暴動』

トランプ大統領の
「取引」を知るための教科書


698時限目◎映画



堀間ロクなな


 アメリカのトランプ大統領が出現してからというもの、「取引(ディール)」こそが国際政治の最大のキイワードとなった観がある。一見、シンプルこのうえない原理のようでありながら、その実、世界じゅうが翻弄されているさまを眺めるにつけ、どうやらこれはアメリカに固有のものらしいと思えてくる。そうしたところ未知の映画と出会って、「取引」にまつわる疑問へのヒントを見つけた気になった。



 ドン・シーゲル監督の『第十一号監房の暴動』(1954年)。この作品自体、おそらくアメリカ以外では決してつくられることのない代物だろう。1950年代のアメリカでは刑務所の暴動があいつぎ、20か月のあいだにニュージャージー州からミシガン州、ペンシルヴェニア州……と35の州に拡大したという。こうした社会背景のもとで、映画はある州立刑務所を舞台として、囚人たちが待遇改善のために引き起こした暴動の数日間をドキュメンタリー・タッチで描いているが、これを「取引」の視点から整理して、おもなポイントを①~④の項目にまとめてみた。



 この刑務所の約4000名の囚人のうち、とくに重罪の238名を独房に収容している第十一号監房で、看守4名を人質にして暴動が勃発する。首謀者は「第3級強盗罪と第2級殺人罪」で服役中のダン(ネヴィル・ブランド)で、かれは独房から解放された囚人たちを集めると、自分が事態の指揮をとることを声高に宣言して、こうした行動に異議を唱えた者には鉄拳をふるって沈黙させた。



①「取引」にあたっては、独裁的なボスが存在すること。かれは人格者の必要がなく、その意思決定には多数決よりも暴力にモノをいわせるだろう。



 ついで、ダンは刑務所サイドにも自分がボスであることを伝えて、「囚人がひとり死ねば看守をひとり殺す」、そうでないかぎり人質に危害を加えないという条件のもとで、レイノルズ刑務所長(エミイル・メイヤー)とフェンス越しに直談判の「取引」をはじめる。そこで、いのいちばんに持ちだした要求が、この場に速やかに地元新聞の記者を呼び集めることだった。



②「取引」にあたっては、ガラス張りを旨とし、みずからが意図するところを社会に公表すること。周囲の目を憚ってのこそこそした秘密交渉のたぐいに利はない。



 翌日、新聞記者たちが見守るなかで、ダンは囚人の待遇改善に関する11か条の要望書をレイノルズ刑務所長に手渡して、所長本人と州知事の署名を求めたが、そこには今回の行動について一切の責任を問わないことも含まれていた。これに前後して、まわりを取り囲んだ警察隊の威嚇発砲が囚人のひとりを死なせてしまうアクシデントが起こり、激高したダンは人質の看守ひとりの生命を引き換えにすると宣告したものの踏みとどまり、また、刑務所長の与り知らぬところで第十一号監房の壁をダイナマイトで爆破して警察隊を強行突入させる準備がはじまるなり、ダンは人質の看守たちを防御の楯にして断念させた。



③「取引」にあたっては、みずからの手にある切り札を突きつけながら、おいそれと使わずに最大限の効果を発揮させること。交渉カードを小出しにするのは愚の骨頂。



 こうして数日間にわたる交渉のあと、刑務所の待遇改善の要望書に所長と州知事が署名して、翌朝には地元新聞が一面トップで「暴徒の勝利!」と報じたのを見届けたうえ、ダンは暴動を終息させてすべての囚人が独房に戻った。



 ところが、2週間後、ダンはレイノルズ刑務所長から呼びだされると、くだんの要望書が州議会によって否決されたばかりか、首謀者のかれが暴動の扇動罪と看守の誘拐罪で告発されて有罪なら懲役30年となるだろうことを知らされる。呆然としたダンに向かって、刑務所長はさらにこんなふうに続けた。だからといって、きみの行動が無意味だったとは思わない、刑務所の現状を世間に広く伝えることができたし、その現状を改善していくべきだとは自分も考えを同じにする、そうした立場で法廷ではきみの弁護に努めるつもりだ、と――。すなわち、今度はダンと刑務所長がタッグを組んで新たな「取引」がスタートするというわけだ。



④「取引」にあたっては、終わりというものがないこと。



 どうだろうか? こうして読み解いてみると、まさにいまトランプ大統領が実行している「取引」の原理が浮かびあがってくる気がする。それはわれわれが常識としている「取引」とはおよそ別物だが、石破首相のように「なめられてたまるか」と文句をつけたところでラチは開くまい。むしろ、この映画『第十一号監房の暴動』を教科書にして対策を講じたほうがいい、とわたしは思うのだが……。  

一号館一○一教室

とある大学の学生記者・カメラマンOB・OGによる先駆的Webマガジン     カバー写真:石川龍