三木康一郎 監督『先生の白い嘘』

恐るべし、
男女の性器が主役の映画


746時限目◎映画



堀間ロクなな


 三木康一郎監督の『先生の白い嘘』(2024年)は恐るべし、男女の性器が主役の映画というべきだろう。ただし、急いで付言しておくと、ポルノではない。ポルノがロマンティシズムなら、この作品はあくまでリアリズムなのだ。



 そうした観点からストーリーを追ってみたい。原美鈴(奈緒)は6年前に処女を失った。親友の渕野美奈子(三吉彩花)のマンションの部屋で、美奈子の不在中、同棲相手の早藤雅巳(風間俊介)にいきなりレイプされたのだ。ことが終わったあと、早藤は美鈴を見下ろして甲高い声をあげた。



 「うわ、感動。こんな盛大に出血した女、初めてなんだけど」



 まさしくペニスのヴァギナに対する凱歌だったろう。深く傷ついた美鈴だったが、その傷には醜い快楽もひそんでいる自覚があった。やがて美鈴は都立高校の教師となり、早藤は美奈子の父親が役員をつとめるハウジング会社に就職して、美奈子と正式に婚約したにもかかわらず、ふたりの危うい関係は続いていた。折に触れてラブホテルで乱暴に交わるばかりではない。突然、学校近くに営業車でやってきた早藤が美鈴を呼びだして弄び、股間を撮影した「お宝写真」なるものをあとでスマホに送りつけたりすることも……。



 あるとき、美鈴は担任のクラスの男子生徒・新妻祐希(猪狩蒼弥)から性の悩みを打ち明けられる。アルバイト先の人妻に誘惑されてついて行ったところ、彼女の性器を目の前にしたとたん恐怖に襲われて、以来、インポテンツになってしまったというのだ。そんな場合にも男性の身勝手な傲慢さがひそんでいることを指摘しながら、美鈴は新妻と対話を重ねていくうちに自分の心が少しずつ開いていくのを感じた。



 一方で、美奈子はしばらく肉体関係のなかった早藤と久しぶりに荒々しい行為におよんで、それが妊娠の結果をもたらしたことを知ってから、いよいよ結婚に向けて具体的な段取りを進めはじめた。まだ身を固めるつもりのなかった早藤は憤りの矛先を美鈴に向けてくる。しかし、新妻との交流によって勇気を手にした美鈴は臆することなく、切迫早産に備えて入院中の美奈子を見舞った足でラブホテルへ出かけると、真っ赤な口紅を引いて早藤と対峙した。自分から下半身を露出させたうえでこう告げる。



 「早藤くん、女のアソコがどうなっているか、あなたはよく知ってるの? 私ね、知らなかったの。ここはこんなに怖いものだって。自分で見たこともない、触ったこともない。気持ち悪いよね、反吐が出るほど憎い男に犯されても、どんなに卑劣で絶望的な欲望も、ここは全部呑み込んでしまう。そんな得体の知れない場所を女は持ってる。あなたはそういう女が怖くて憎んだ。女っていう生き物への抑えようがない激しい憎しみを私にぶつけたのよ。でもね、早藤くん、私もあなたもだれも、もう怖がる必要なんてないんだよ。だって、早藤くんと美奈子はここに新しい命をつくったでしょ。ここには希望が宿るの。まっさらできれいなものが宿るのよ。だから、それを愛せるようにわたしは早藤くんを許す」



 その言葉も終わらないうちに、早藤は逆上して美鈴に躍りかかるなり、顔面の形が変わるまで力任せに殴打した。そして、すっかり我を失ってマンションの部屋に舞い戻り、クローゼットで首吊り自殺を図ったものの、入院先からいったん帰宅した美奈子によって一命を取り留める。そんなドタバタ劇のさなかに出産がはじまり、美奈子は股間から破水をあふれさせながら叫ぶのだ。 



 「もう馬鹿なの、ふざけるな! 勘違いしないで。あんたができるのは、最低の男として最悪の人生を生きることだけ。そのクソみたいな命の残りカスを、私と私の子どものためだけにすりつぶして生きるのよ!」



 美鈴と美奈子がそれぞれに早藤に浴びせかけた言葉は、人間同士の対話というより、これまでじっと耐えてきたヴァギナがみずからを解き放ってペニスにじかに突きつけた最後通牒と見なすべきだろう。もはや早藤に残された選択肢は、警察に連絡して美鈴への傷害事件の実行犯として自首し、刑務所に収監されてからは面会室のアクリル板をはさんで赤ん坊連れの美奈子と静かな微笑みを交わすことだけだった。



 こうしてペニスがヴァギナの前に完全に屈服した結末を目の当たりにして、わたしはぐうの音も出なかった。もしこの映画が好きか嫌いかを問われたら、まったく答えに窮してしまうに違いない。それはことによると、男女の関係において相思相愛などタワゴトに過ぎず、最後にモノをいうのはおたがいの性器だという現実をいまだに直視できないことを意味しているのだろう。 



一号館一○一教室

とある大学の学生記者・カメラマンOB・OGによる先駆的Webマガジン     カバー写真:石川龍