ジョン・フォード監督『捜索者』

私の行動を制約するのは
私自身の道徳観だけである


759時限目◎映画



堀間ロクなな


 ドンロー主義。



 21世紀も第2四半期を迎えたいま、世界を震撼させているキイワードだ。アメリカ合衆国が「西半球」を勢力圏と見なして支配する政治理念だそうで、19世紀のモンロー主義とドナルド・トランプ大統領の名前を混ぜあわせた造語らしいが、キャッチフレーズとしてもばかばかしく悪い冗談としか思えない。しかし、現実に力で世界地図を塗り替えようとする動きを目の当たりにするにつけ、呆れてばかりいられず、われわれは真剣に考えてみる必要があるのだろう。



 そこで、頭によみがえるのがジョン・フォード監督の『捜索者』(1956年)だ。「西部劇の神さま」が世に送りだした映画のなかで、おそらく最も異様な内容でありながら、アメリカ本国ではしばしば西部劇ランキングのベストワンに選ばれてきたから、まさに国民性の核心を突いた作品なのに違いない。



 物語は1868年、日本でいえば明治元年からはじまる。南北戦争が終わって3年経ち、南部側に従軍したイーサン・エドワーズ(ジョン・ウェイン)が故郷のテキサス州の開拓地へ帰ってきた。兄アーロンの牧場で妻マーサ、3人の子どもと再会を喜びあったのも束の間、イーサンの不在中にインディアンのコマンチ族が来襲して家族は殺戮され、幼い末娘のデビーが連れ去られた。実は、イーサンにとってマーサは昔日の恋人でもあったから、デビーは自分の娘のような存在だったろう。慌ただしく葬儀を済ませると、かれは家族といっしょに暮らしていた混血児のマーティン・ポーリー(ジェフリー・ハンター)と連れ立って、ただちにデビーを追跡する道行きに出発した……。 



 「やつらは追うのもしつこいが、逃げるときも同じで、もう追われてないとわかるまで逃げる。だが、おれはいつまでも追うのをやめない、必ず見つけだしてやる」



 このセリフのとおり、イーサンの意志はいささかも揺らぐことなく、7年の歳月をかけて西部の平原や砂漠から北方の山岳地帯まで足跡がおよんだから、いわば、おのれの「西半球」をくまなく巡ったことになるだろう。



 その間、イーサンは故郷の開拓地に立ち寄ったときだけは気心の知れた白人仲間と大らかに交流して、人なつこい笑顔を見せる一方で、ふたたびマーティンと荒野に馬を向けたとたん、コマンチ族への復讐とデビーの奪還だけに取り憑かれ、みずからの行く手を阻む者は白人であれ銃弾を浴びせて憚らず、両眼には爛々と狂気の光が宿っていた。あたかもジキルとハイドのごとき二重人格。それはことによると、アメリカ大陸に生きるWASP(ホワイト・アングロ・サクソン・プロテスタント)が負った宿命なのだろうか、わたしはトランプ大統領にも同じ人格を見てしまう。



 このあと、物語はわれわれが思いもよらぬ展開を迎える。苦難につぐ苦難の末に怨敵のコマンチ族の所在地を突き止めたイーサンは、ついにデビー(ナタリー・ウッド)と再会を果たしたが、いまや美しく成長して酋長の妻のひとりとなった彼女をすぐさま撃ち殺そうとする。おまえはもはや白人ではない、と告げて――。すなわち、かれが凄まじい執念で自分の娘のようなデビーを探し求めていたのは抹殺するためだったのだ! 



 結局、マーティンがからだを張って守ったことでデビーは死を免れ、イーサンはコマンチ族の老若男女を復讐の血祭りにあげたのちに、彼女を故郷へ連れて帰ることになったものの、このいかにもぎくしゃくとした成り行きは一体、何を意味しているのだろうか? おそらく、問題はデビーにあるのではなく、イーサンが許しがたかったのはWASPの尊厳が汚されたことで、ただちに地上から消し去らなければならない罪悪だったが、最終的にその判断を撤回したのは、おのれの「西半球」において法はおのれであるとの認識が働いたからだろう。



 「私の行動を制約するのは私自身の道徳観のみだ。国際法は必要ない」



 アメリカ軍がベネズエラの首都に入ってマドゥロ大統領を拘束した直後、トランプ大統領は『ニューヨーク・タイムズ』のインタビュー取材にこう応じたという。まさしくイーサンの末裔にふさわしい言葉だ。そこには、われわれの想像を絶する自尊心ばかりでなく、アメリカ建国以来の歴史のなかでWASPが抱え込んできた底知れぬ虚無感も横たわっているように思えてならない。


   

一号館一○一教室

とある大学の学生記者・カメラマンOB・OGによる先駆的Webマガジン     カバー写真:石川龍