プラトン著『饗宴』
ソクラテスと
ジコチューの弟子のドラマ
763時限目◎本
堀間ロクなな
プラトンの『饗宴』(紀元前385年ごろ)には、今日の言葉でいうならジコチューの極みのような人物が登場する。
「シンポジウム」の語源となったこの対話篇は、アテナイの悲劇詩人アガトンがコンクールに優勝したのを祝って、邸宅にパイドロス(弁論家)、エリュクシマコス(医師)、アリストパネス(喜劇詩人)など論客たちが集まり、「エロース(愛の神)」について順繰りに論じていくというもの。かくて、かれらが口々に美辞麗句を並べたあとにソクラテスの番となり、「エロース」とは美でも醜でもなく、善でも悪でもなく、いわば中間的なダイモーン(神霊)に過ぎず、そこから最高形態の知識たる「美そのもの」に到達することが大事だと弁じて一同を説得する。ふつうならこれで決着がつくはずのところへ、突如、くだんの酔っ払った人物が乱入してきたのだ。
アルキビアデス。名家出身の美男子で、少壮の政治・軍事の指導者として頭角を現す一方、しばしば道徳的なスキャンダルを引き起こして、当時、アテナイ市民の毀誉褒貶の渦中にある存在だったらしい。かれはこの「エロース」をめぐる饗宴の席で、とんでもないことを喋りはじめる。おのれの師とするソクラテスに心酔するあまり、こんなことを考えたというのだ。鈴木照雄訳。
ところでぼくは、この人がぼくの青春の美しさに本気で熱中していると考えたとき、これはとんだめっけものであり、ぼくの素晴らしい幸運だと考えた。なぜなら、ソクラテスの意を迎えたら、彼の知っていることは何でも聞けると思ったからだ。何といっても、ぼくは自分の青春の美しさにびっくりするほどうぬぼれていたからね。
そこで、ある日、ソクラテスを自邸へ招いて豪勢な晩餐でもてなしたのち、えんえんと議論を吹っかけて引き止めたあげく、「あなたこそぼくを愛する資格のある唯一のひとです」と口説いた。そのあとの出来事を、かれは当のソクラテスの面前で、一同に向かってこう披露したのである。
さて、以上のやりとりをぼくはこの人とかわし、いわばこちらが何本かの矢を放ったので、この人はもう傷ついたものと思った。そこで立ち上り、この人にはもはや一言も言わせず、ぼくのあの外套を――というのは、そのときは冬でもあったので――それを掛けてやり、この人の例の擦り切れた外套の下にもぐり込んで横になり、この真に神のごとき驚嘆すべき人に両腕をまいてその夜を寝て明かしたのだ。ところでこのときもまた、ソクラテス、あなたはぼくが嘘をついているとは言いますまいね。さて、こうしたことをぼくはしたが、この人はぼくに対しあのどうにもならぬほどの優位に立って、ぼくの青春の美をさげすみ嘲笑し、人もなげな振舞いに出た。しかもこの青春の美については、それを相当なものとぼくは思っていたのだよ、裁判官諸君。――こう呼ぶのも、君らはソクラテスの傲慢さに対する裁判官だからね。――さてよく肝に銘じてくれ、かずかずの男神に誓い、女神たちに誓って言うが、ぼくはソクラテスといっしょに一夜を寝て明かしたが、父や兄といっしょに寝た場合と同様、別に何の変ったこともなく翌朝起きたのだ。
アルキビアデスの口はとどまらない。のちに、アテナイとポテイダイアの戦役にふたりで出征して、自分が戦場で負傷するとソクラテスは救ってくれたばかりか、名誉の褒賞を将軍たちにかけあってくれたというエピソードを明かして、「古今の人たちのなかから探しても、それに近い者すら見つけ出すことはできないだろう」と賛辞を呈するのだった。まったくもって、自己中心の言説以外の何ものでもあるまい。
いくらソクラテスとのあいだの肉体関係を否定し、後世の人口に膾炙することになる「プラトニック・ラヴ」の精神的恋愛を主張しようとも、逆にいうなら、師弟にはこうした主張をあえて行わなければならない状況があったわけだろう。ざっと4世紀後にキリスト教が出現して愛というものが神聖視されるようになる以前の、「エロース」が支配していた人類世界にあって、愛とはこうしたやみくもな情念のエネルギーに駆動されるものだったことをプラトンの著作は伝えているようだ。
『饗宴』の最後は、アガトンの邸宅で一同がさんざん飲んだくれて騒々しい一夜を明かしたあと、ソクラテスだけは少しも乱れることなく泰然として帰っていったことが報告されて結ばれている。しかし、わたしは想像をめぐらさずにいられないのである。果たして、家で待ちかまえているはずの、あの恐るべき妻クサンティッペとのあいだでどのような一幕が演じられたのだろうか、と――。
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