落語『夢金』

尾籠な話題ながら
「金玉」の語源とは?


768時限目◎その他



堀間ロクなな


 はなはだ尾籠な話題ながら、男性の局所を指して「金玉」と呼ぶようになったのはどのような事情からだろう? ウィキペディアによると、語源には諸説あるとして、「キノタマ(酒の玉)」=どぶろくに類似する液体をつくる玉、「キノタマ(気の玉)」=宇宙の動きや心の動きの根本である気の玉、「イキノタマ(生の玉)」=生命の玉、「キビシタマ(緊玉)」=命に関わる玉、「キモダマ(肝玉)」=肝っ玉などの説を列挙したうえで、いずれも推測の域を出ないと断っている。ちなみに、金色だから金玉というのは誤り(精巣は赤褐色)と補足している。



 ともあれ定説が存在しないならば、わたしももうひとつの別の説をここに提示してみたい。というのも、先だって古典落語の『夢金』を知ったからだ。わたしが耳にしたのは、六代目春風亭柳橋が昭和39年(1964年)1月31日に「東宝名人会」で口演した際の実況録音で、ずいぶんと古い記録ではあるけれど、昔ながらの江戸弁の話芸に魅了される。



 ざっとこんな噺だ。



 ひとはだれでも色と欲から離れられないが、その最たる例として熊蔵という人物が登場する。隅田川にかかる吾妻橋のたもとの舟宿の船頭で、もともとカネにうるさかったところに、千住のコツ(小塚原)の女郎から20両を持ってきたら女房になってやるといわれたものだから、いまでは宿の二階で居眠りをしているときにも大声で「20両欲しいぞ」と寝言を発する始末。そんなある日、大雪の降りしきる晩に、浪人風情の男が舟宿にやってきて、屋形船で大橋まで運んでくれたら20両を出すと主人に持ちかけた。それを耳にするなり、熊蔵は寝床から跳ね起きて引き受けたところ、男には身なりのいい女の連れがあって色恋の仲なのかと想像する。



 ところが、それがとんでもない間違いだった。船を漕ぎだしてしばらくすると、男が本性を現して口にしたのは、この女は本町の大店の娘で、惚れた相手と駆け落ちするため大金を懐にウロウロしていたのを手助けしてやると偽って連れてきたとのこと、どこか適当な場所で娘を殺してカネを奪うのに協力してくれたら分け前を与えるが、もし邪魔立てすればお前もいっしょに殺してしまうというのだ。そこで、熊蔵はしたがうフリをして船を川の中洲に着け、悪党をそこに置き去りにするなり取って返して、救いだした娘を実家の大店へ送り届けてやった。当然ながら、娘の両親が大喜びして謝礼に20両を差しだしたので、熊蔵はすぐさま掴み取ろうと左右の手を伸ばし――。かくして、結びのサゲに至る。



 「握る。痛いんで目が覚めたら、二階で夢を見てやがる」



 録音では判然としないが、おそらく高座では柳橋が股間を掴むポーズを取ったのだろう、場内にドッと哄笑の沸き立つのが聞き取れる。つまり、夢のなかでカネと思って両手で握ったのが自分の金玉だったわけで、『夢金』とは夢の金玉の意味に他ならない。明治時代にはそのものズバリ、『陰嚢』の題で演じられていたという。噺の内容は、江戸時代初期の『きのふはけふの物語』をはじめ、さまさまな笑話集が伝えてきたパターンで、幸運にも色と欲が満たされたと思ったら夢に過ぎなかったというオチは、われわれにとって馴染み深いだろう。



 それにしても、最後に熊蔵が寝床でみずからの股間を掴んだのはただの偶然なのか? わたしはそう思わない。



 男性の股間とは、睡眠中に色と欲が絡んだ夢を見ればおのずから熱を帯びて形状が変わるものだ。熊蔵の夢ほど手が込んでいなくとも、ほんのささやかな色と夢に唆された夢を見ただけで、ふと目が覚めてみたら股間があさましい反応を示していたという経験は、男ならだれでも身に覚えがあるはずだ。そこで、わたしはひとつの説を提示したい。色と欲を「金」の一字で表し、男の局所を「玉」の一字で表すなら、「金」をめぐって夢と現実が交錯する場が「玉」なのであり、こうして男どもの性懲りのない願望を託して「金玉」の呼び名が行われるようになったのではないか、と――。



 落語『夢金』から閃いたこのアイディアの説得力やいかに?    



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とある大学の学生記者・カメラマンOB・OGによる先駆的Webマガジン     カバー写真:石川龍