アラン・ドロン主演『ビッグ・ガン』
スタイリッシュな
復讐劇の恐怖
770時限目◎映画
堀間ロクなな
何気なく目にした映画がトラウマになったという経験はだれにでもあるだろう。わたしは10代のころ、たまたまドゥッチオ・テッサリ監督の『ビッグ・ガン』(1973年)をテレビで観て、ひとつの場面が突き刺さり、以後、しばしば夢に出てきてはうなされる羽目になった。いわば自分にとって鬼門のごとき作品なのだが、その封印を解いて久しぶりに見返してみた。
この映画は、ハリウッドの大作『ゴッドファーザー』(1972年)の向こうを張るかのように、イタリアとフランスの合作として製作されている。主演の「世紀の二枚目」アラン・ドロンが扮したのは『ゴッドファーザー』と同じくシシリアン・マフィアの一味で、凄腕の殺し屋のトニー・アルゼンタだ。かれは愛妻とのあいだに生まれた息子が物心つく年齢に達したのを機に、こうした稼業から足を洗おうとする。しかし、組織のボスたちはそれを裏切りと見なしてトニーの車に爆薬を仕掛けたところ、ほんの偶然で妻子が身代わりとなって炎に包まれ、かれは深い絶望と激情に駆られる。
「シシリアンは取り引きしない」
こう口にするトニーは、周囲の仲裁にいっさい耳を貸すことなく、コルトの自動拳銃M1911A1を手にしてミラノからパリ、コペンハーゲンへとボスたちを追っていく。そこに繰り広げられるのはひたすら血なまぐさい復讐劇なのだが、わたしは鑑賞しながらつくづく舌を巻いてしまった。スタイリッシュといえばいいのだろうか。それぞれの殺戮のシーンがひたすらおしゃれで洗練されているのは、さすがイタリアとフランスの合作ならではで、製作から半世紀あまりが経過した現在もまったく古びていない。
こんな具合だ。ひとりのボスは長距離列車のコンパートメントにいて、長いトンネルに入ったところでトニーの銃弾を浴びると、窓ガラスを突き破って上半身が外に倒れ込み、闇のなかで線路沿いの赤色灯をつぎつぎに破裂させていく。ひとりのボスは豪華ホテルのエントランスに立って古代ローマのカエサルよろしく厳かな最期を遂げ、また、もうひとりのボスは自宅の居間で居眠りから目覚めた瞬間、背後のおびただしい金魚が泳ぐ水槽もろともに吹き飛ばされる……。
さらに目を疑ったのは、トニーへの逆襲に立ち上がった組織の連中がかれと行動をともにする弟分のドメニコ(マルク・ボレル)を拉致した場面だ。だだっ広い廃車工場に連行していくと、そのなかの一台の運転席に縛りつけ、ガスバーナーをかざしてトニーの潜伏先を白状させたあと、泣き叫ぶ若者を乗せた車をクレーンで釣り上げて油圧プレス機に放り込む。たちまち巨大な歯車が回転して、人体と車体の交じりあったサイコロ状のスクラップが吐きだされるありさまを目の当たりにして、10代のわたしは自分もただの立体図形と化したような恐怖を覚え、しばらくのあいだ安眠を妨げられたのだった。
いまにして理解できる気がする。こうした幾何学的というべき惨殺のシーンも、イタリアとフランスの美的な文化がつくりだしたものであろうことを。おしゃれや洗練とは、実のところ冷酷非情な精神のうえに成り立っているのかもしれない。このスタイリッシュな復讐劇が果たしてどのような結末を迎えたか、ネタバレは差し控えるとしよう。
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