人形浄瑠璃 文楽『曽根崎心中』

そなたとともに
一緒に死ぬるこの嬉しさ


782時限目◎その他



堀間ロクなな


 今年(2026年)3月、人形浄瑠璃 文楽『曽根崎心中』を初めて鑑賞するチャンスが訪れた。文楽協会の全国巡業が東京・府中市の「府中の森芸術劇場」で、近松門左衛門没後300年の記念として、重要無形文化財保持者の人形遣いの吉田和生、吉田玉男らによる公演を行ったのだ。



 この有名な作品は、近松が50歳の年、元禄16年(1703年)に大坂の外れの曽根崎村の天神の森で実際に起きた情死事件をテーマに、わずかひと月後に舞台にかけて大評判を取ったそうだから、当時にあってテレビのワイドショー番組のような位置づけだったのだろう。しかし、間もなく原作どおりの上演が絶えてしまい、昭和30年(1955年)に新たな脚色のもとでようやく復活した。というのも、この作品の出現で世間に心中事件が頻発したために幕府が厳重に禁じたせいとされているのだが、わたしはかねて不思議だった。いくらメディアがかぎられていた時代にせよ、しょせん人形の芝居にそこまで人々を突き動かすパワーがあるものだろうか? それを自分の耳目で確かめたいと思ったのである。



 こんなストーリーだ。



 醤油屋の手代・徳兵衛は、堂島新地の天満屋の遊女・お初と深く惚れあっていた。そうしたところ、伯父でもある店の主人が徳兵衛に目をかけて家つき娘との縁談を進め、かれの知らないうちに実家の義母へ金品を贈ったあとで、徳兵衛がお初との仲を理由に断ったものだから、主人は激怒してクビを申し渡すとともに結納のカネの返済を迫った。そこで、徳兵衛は強欲な義母から強引にカネを取り戻しはしたが、それを主人に届ける道すがら、今度は友人の油屋九平次と出会って臨時の借金を頼み込まれ、まだ返済期限まで猶予があったので証文と引き換えに貸してしまう。しかし、肝心の期限がやってきても九平次はカネを返さないばかりか、徳兵衛が示した証文を偽造と告発して逆に犯罪者に仕立てあげる始末。八方塞がりとなった徳兵衛は天満屋のお初のもとにいったん匿われたものの、もはや身の置きどころもなく、ふたりは手に手を取って死出の旅に発つことに……。



 こうして筋を辿っていくと、だれでも首を傾げたくなるのではないだろうか? ことの発端となった醤油屋の主人による家つき娘との縁談も、当たり前に考えれば将来の跡取りを約束する思いやりにもとづくもので、それを遊女との仲を理由にあっさり蹴飛ばしてしまうとは忘恩の誹りを免れず、主人が激怒したのも当然だろう。また、自分のものではなく主人に返済すべきカネを、いくら友人とはいえ他人にあっさり用立てたのも非常識きわまりなく、その油屋九平次が証文を偽造と主張したときに周囲が鵜呑みにしたのもむべなるかな。そもそもが、商家の手代の立場で遊女と結ばれたいと願うこと自体に非常な無理があるといわざるをえないだろう。



 つまり、ここに描きだされたのは、テレビのワイドショー番組のような第三者が見た現実ではなく、あくまで徳兵衛とお初の目に映った心象風景というべきものだったろう。ことによったら、実際の醤油屋の主人は気立てのいい好々爺なのかもしれず、実家の義母や油屋九平次とのあいだもなんらかの行き違いで、徳兵衛が返済のカネを用意できないことの言い訳だったのかもしれない。そんなかれらをことごとく邪悪に塗りつぶすことによって、ふたりの純粋さが際立ち、それが人形によって演じられることで、あたかも依り代のように観客は自己を容易に投影できた。だからこそ、たちまち広汎な評判を呼ぶと同時に、世間の迷える男女の心中事件を惹起させたのだろう。



 ふたりは深夜に行き着いた天神の森で、ふたつの人魂が連れ添って飛ぶありさまに自分たちの姿を見て取って抱きあう。そして、お初は涙ながら静かに語りかけ、徳兵衛は喜びを露わにして応えるのだ。



 「ほんに思へば昨日まで、今年の心中善し悪しをよそに言ひしが、今日よりはお前もわしも噂の数。誠に今年はこなさんも二十五歳の厄の年、わしも十九の厄年とて、思ひ合ふたる厄祟(やくだた)り、縁の深さの印かや。未来は一つ蓮(はちす)ぞ」

 「いつはさもあれこの夜半(よわ)は、せめてしばしは長からで、心も夏の短夜(みじかよ)の、明けなばそなたともろともに浮名の種の草双紙。笑はゞ笑へ口さがを、なに憎まうぞ悔やまうぞ。人には知らじわが心。望みの通りそなたとともに一緒に死ぬるこの嬉しさ。冥途にござる父母にそなたを逢はせ嫁姑、必ず添ふ」



 この自己陶酔に沈んだ人形たちの対話を前にして、わたしは背筋が震えだすのを止められなかった。そこには紛れもなく甘美な死への誘惑があったからだ。徳兵衛がついに手にした脇差……。近松門左衛門が世を去って300年が経ったいまなお、『曽根崎心中』は危険を秘めているようなのである。




一号館一○一教室

とある大学の学生記者・カメラマンOB・OGによる先駆的Webマガジン     カバー写真:石川龍