小林研一郎 指揮『乾杯の歌』
小林さんの背中に
光が見えました
794時限目◎音楽
堀間ロクなな
かつて一度だけ、オーケストラ演奏会のプロデュースをしたことがある。勤務先の出版社から里中満智子の著作『マンガ名作オペラ』シリーズ(全8巻)が刊行される運びとなり、営業部門にいたわたしは販売促進のプロモーションとして同じグループ傘下の読売日本交響楽団を起用しての記念コンサートを考えついたのだ。当時の社長は、儲かることをやれ、儲からないことはやるな、という経営方針の謹厳な人物だったが、この企画案についてはすんなりゴーサインを出してくれたのがむしろ意外に思われたところ、実は自分でピアノを弾くほどの音楽好きだったことをあとで知った。
ともあれ、こうして実現したコンサートの概要はつぎのとおり。
2004年2月11日(水・祝)東京・渋谷オーチャードホール 14:00開演
指揮:小林研一郎
ソプラノ:腰越満美
テノール:井ノ上了吏
ゲスト:里中満智子
【第Ⅰ部】
ヴェルディ作曲『椿姫』から「第1幕への前奏曲」「燃える心を」
プッチーニ作曲『蝶々夫人』から「夕暮れ迫り」「ある晴れた日に」
プッチーニ作曲『トスカ』から「星は光りぬ」
モーツァルト作曲『フィガロの結婚』から「序曲」「とうとう時が来た~恋人よ早くここへ」
ビゼー作曲『カルメン』から「花の歌」「ハバネラ」
ワーグナー作曲『ニュルンベルクのマイスタージンガー』から「第1幕への前奏曲」
【第Ⅱ部】
ムソルグスキー作曲(ラヴェル編曲)組曲『展覧会の絵』
「炎のコバケン」こと小林研一郎はこのとき63歳でまさに人気絶頂だったから、わたしも指揮者に他の候補は考えられず、また、ソリストの腰越満美と井ノ上了吏は先に東京二期会オペラ劇場で小林の指揮する『蝶々夫人』に出演して気心の知れた間柄だった。第Ⅰ部では、そんなインティメートな雰囲気に包まれて、テレビなどでも話芸の巧みな里中満智子のガイド役によって、有名オペラの序曲・前奏曲やアリアのまばゆい音楽絵巻がひもとかれ、休憩をはさんで、第Ⅱ部では一転して小林の十八番の『展覧会の絵』でオーケストラの至芸が繰り広げられていった……。オーチャードホールを埋め尽くしたのが通常のクラシック・ファンとは異なり幅広い客層だったせいもあるのだろう、プレイヤーもいつも以上に力が入ったようで、ヴァイオリンの弦が続けざまに二度も切れるというアクシデントを初めて目撃した。
最後にふたたびふたりのソリストが登壇し、アンコールとして、小林の怒涛のタクトのもとで『椿姫』からの「乾杯の歌」の二重唱が披露された。「オペラ王」ヴェルディが世に送りだしたおびただしい楽曲中でも最もよく知られたものだろう。
Libiamo, amor fra i calici
Piu caldi baci avra.
杯を挙げよう、愛は杯の間にあって
もっと熱い接吻が生まれることだろう
満場の拍手喝采のなかで終演となったのち、わたしは社長を案内してバックヤードの小林の楽屋へ挨拶に出向いた。こうした段取りをあらかじめ伝えておいたのに、ノックして部屋に入ってみると、小林は素っ裸に青い柄のブリーフだけを着けた格好で、全身から汗の蒸気を立ち昇らせていた、まだ春には遠い肌寒い日だったにもかかわらず。およそ2時間におよんだ指揮台での激しい身振りゆえの、やむにやまれぬ事情だとはすぐにわかった。そんなありさまを眺めて、くだんの社長はこう告げた。「小林さんの背中に光が見えました」と――。
オーラのことかな、とわたしはちらりと思ったけれど、それどころではなかった。光やオーラよりもっと凄いものを目にしてしまったからだ。つい先刻まで小林のまとっていたフロックコートが壁際のハンガーに掛けられていたのだが、その右腕があたかもこれからタクトを降り下ろそうとするかのように内向きに曲がって身構えているのだ。オーケストラの面々はこの服を前にしただけで演奏をはじめられるのではないか? どうやら生身の本人ばかりでなく、フロックコートまでもが「炎のコバケン」を演じているらしいことを知ったのである!
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