ヴェルサイユ宮殿王室歌劇場 公演『カルメン』
ニーチェを感激させた
舞台が描きだしたものとは
802時限目◎音楽
堀間ロクなな
「私は昨日――信じてくれるだろうか?――ビゼーの傑作を聴いたが、これで二十回目だ。〔中略〕こういう作品はなんと聴く者をも完全にすることか! 聴く者は耳を傾けているうちにみずから〈傑作〉になるのだ。――そして実際に私は『カルメン』を聴く度毎に、自分が普段思っているよりもいっそう哲学者であるように、より良い哲学者であるように思われたのである」(浅井真男訳)
これは、フリードリヒ・ニーチェがリヒャルト・ワーグナーとの訣別を宣言した『ワーグナーの場合』(1888年)の書き出しだ。長らく心酔してきたドイツ後期ロマン派の巨匠から、新たにフランスのオペラ界に出現したジョルジュ・ビゼーへと宗旨替えしたことが語られているのだが、それにしても、この大仰な物言いはただごとではない。かれは一体、どのような『カルメン』の舞台と出くわしたのだろうか? 実は、今日、われわれも同じものを体験することができるのだ。
プロスペル・メリメの原作小説をアンリ・メイヤックとリュドヴィク・アレヴィが脚色し、36歳のビゼーが作曲した全4幕のこの作品は、1875年3月にパリのオペラ・コミック座で初演された。だが、スペインのセヴィリア地方を背景にジプシー(ロマ)の女が脱走兵の男に刺殺されるまでを描いたスキャンダラスな内容に世間がついていけず大失敗を喫して、ビゼーは傷心のなかで命を落としてしまう。その後、親友の作曲家エルネスト・ギローがもとは地のセリフだった個所にも旋律をつけてグランド・オペラに仕立て直したことで人気に火がつき、ヨーロッパ各地でさかんに上演されるようになって、くだんのニーチェも鑑賞におよんだ次第。
そうしたところ、近年、このビゼー作曲/ギロー補筆によるヴァージョンの初期の詳細な演出ノートが発見された。これをもとにロマン・ジルベールらが衣装・舞台美術も含めて舞台を再現したうえに、エルヴェ・ニケ指揮のオーケストラはあくまで当時の楽器や奏法にこだわるという本格的な時代考証の公演が、2025年1月、ヴェルサイユ宮殿王室歌劇場で行われ、そのライヴ映像をとおしてわれわれもニーチェがかつて出会ったのと同じ体験を味わえることになったのだ。
開幕早々びっくりさせられるのは、これまで見たことのないパントマイムが演じられることだ。山高帽に白い山羊髭の金持ちの老人が若い愛人の機嫌を取っているのだが、それを尻目に彼女はボーイフレンドと手に手を取ってトンズラするというもの。他愛のないエピソードで今日では削除されたのも頷ける一方で、あらためて全体の流れのもとで眺めてみると、これからはじまるのがこうしたブルジョアの浮ついた色恋沙汰などではなく、青春のまっただなかで地べたに生きる連中の真剣勝負であることを予告しているかのようだ。
実際に、カルメン(アデル・シャルヴェ)は『ハバネラ』をうたいながら男ども挑発し、タバコ工場の乱闘騒ぎで捕縛されるなり、見張り役のドン・ホセ(ジュリアン・ベール)に馬乗りになって籠絡し、ホセもまたカルメンの危険な罠にみずから飛び込んで、真っ赤な火花を散らす愛憎のドラマが展開していく。まわりの者も黙っていまい。ホセの婚約者ミカエラ(フロリー・ヴァリケット)はホセを奪い返すために立ち向かってたじろぐことなく、闘牛士エスカミーリョ(アレクサンドル・デュアメル)はあたかも剣で牛を屠るかのごとくカルメンをものにしようとする。そこに描きだされるのは、愚かしくも輝きに満ちた日々の光景なのだろう。フィナーレにおいて、ホセがカルメンをナイフで刺し殺すのはふたりが辿り着いた愛の形のようにさえ見えるほどだ。
ニーチェは前記の文章のあとにこんなふうにしたためている。
「ビゼーの音楽は私には完全なものと思われる。それは軽やかに、しなやかに、礼儀正しくやって来る。それは愛らしくて、汗ばんではいない。〈良いものは軽やかで、神的なものはすべてほっそりした足で走る〉というのが私の美学の第一命題だ。〔中略〕これは豊かだ。精緻だ。これは築きあげ、組織だて、完了する。この点でこれは、あの音楽における多足類、〈無限メロディー〉の正反対をなしている」
末尾の音楽における多足類、〈無限メロディー〉とは、ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』(1865年初演)を指し示すものだろう。中世の伝説にもとづいて究極のエクスタシーの境地へと分け入った音響の大伽藍よりも、いまやニーチェがビゼーの音楽のほうに美学を見出しているのは、ことによると、カルメンとホセの関係に、無残な破局に終わったルー・ザロメとおのれの道行きを重ね合わせたからかもしれない。そのビゼー礼賛に、わたしはどこか空虚がまとわりついているように感じられるのだが、どうだろうか?
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