山上たつひこ 著『光る風』

おれはいままで
どの時代に生きてきたのか


820時限目◎本



堀間ロクなな


 太平洋戦争の開戦を描いた映画では、アメリカの底力を知る連合艦隊司令長官・山本五十六が政府に「半年か一年なら暴れてみせる」と告げ、ハワイ真珠湾奇襲作戦を立案し、敵太平洋艦隊の撃滅のうえで早期講和に持ち込むことを企図していたとされるのがつねだ。しかし、1941年(昭和16年)12月の実戦では最大の目標だった空母群を討ち洩らし、あらためて半年後にミッドウェー作戦を発動したところが「運命の5分間」によって逆に壊滅的な敗北を喫し、太平洋の制海・制空権を失って、1945年(昭和20年)8月の無条件降伏へと向かっていくことに……。



 そんな展開を前にして、観衆は歴史の歯車の非情さに臍を噛むわけだけれど、じゃあ、もし山本五十六が目論んだとおりアメリカとのあいだに本当に早期講和が成り立っていたとしたら、その後の日本国家はどのような道筋を歩んでいたのだろうか?



 こうした疑問にひとつの回答を与えてくれるのが、山上たつひこのマンガ『光る風』(1970年)だ。ときあたかも七〇年安保闘争のさなかに『週刊少年マガジン』で連載されたこの作品では、太平洋戦争後の日本にあって、日米双方の軍部のパートナーシップが強固な軍国主義体制を築き、インドシナ半島へと軍事侵攻していく近未来図が描かれるのだ。



 物語は、東北地方の沖合に人工的に造成された出島で、盛大な焚火と祭り太鼓を取り巻いて、奇怪なからだつきの老若男女たちが全裸で踊りまわっているという、凄まじい光景からはじまる。かれらは、ある村に突如謎の疾病が発生したあとに生まれた奇形児たちで、政府は調査・研究の名目で出島に隔離して世間の目から引き離すよう厳重に管理しているのだった。主人公の六高寺弦は元・陸将の家庭に生まれ育ったが、父を継いで軍人となった兄・光高とは裏腹にこの境遇に馴染めないでいるうち、たまたま上記の奇病の事件と出会い、その背後には軍部が秘密裏に行った細菌兵器の開発があるらしいことを突き止めるにおよび憲兵隊から追われる身となる。一方、兄の光高は盛大な歓呼に送られて華々しくインドシナ戦線へ出征していったものの、やがて戦場で両腕両脚をもぎ取られた無惨な姿で舞い戻ってきた……。



 かれらだけではない。日米の軍部が共存する体制はとめどなく軍国主義を暴走させて、国民ひとりひとりを狂気でがんじがらめにしていく。そのありさまが、のちにアナーキーなギャグマンガ『がきデカ』(1974~80年)で一世を風靡する山上たつひこのペンによって容赦なく暴きだされていくのだ。



 いったい おれはいくつになったのだろう――?

 一世紀近くを生きぬいてきた老人のようでもあるし

 また あるきはじめたばかりの赤子のようでもある

 おしえてくれ おれは……

 おしえてくれっ

 それに――おれは おれは……いままで

 どの時代に生きて 生活して きたのか……?



 六高寺弦は家族も恋人もすべて失って祖国の大地をさまよううち、そんな思念にとらわれた。しかし、すぐさま一条の光をともなった風がかれの意識をはるか遠くへと吹き飛ばして物語は終わる。



 ほんのわずかな希望さえ見出せない結末を、当時の若い読者たちはみなじかに受け止めて戦慄したことだろう。おれはいままで、どの時代に生きて生活してきたのか? その問いかけは、他ならぬ自分自身に向けられていたのだから。もし太平洋戦争が無条件降伏でなく、山本五十六の青写真のようにアメリカとの早期講和によって終結していたとするなら、朝鮮戦争からベトナム戦争へと戦火が拡大していく世界情勢のもとで、まさしくここに描かれたような社会に生きることになったろう。そうした現実感覚をだれもが共有していたに違いない。



 今日、「昭和」の時代についてはセピア色の装いをまとったノスタルジーによって語られることがもっぱらだけれど、根底にはこうした恐怖の深淵が口を開けていたことも忘れてはなるまい。いや、それは過去の話だろうか? 「平成」から「令和」へと世が移っていくなかで恐怖の深淵から目を逸らしてきたわれわれだが、いったん歴史の歯車が逆回転をはじめたときには、光る風によってたちまち意識を吹き飛ばされるのでは……。


    

一号館一○一教室

とある大学の学生記者・カメラマンOB・OGによる先駆的Webマガジン     カバー写真:石川龍