パオ・チョニン・ドルジ監督『お坊さまと鉄砲』

老獪な戦士のように
煩悩と戦う


819時限目◎映画



堀間ロクなな


 この映画をたんにほのぼのとした喜劇と受け止めたら、迂闊に過ぎるのではないだろうか? パオ・チョニン・ドルジ監督の『お坊さまと鉄砲』(2023年)だ。



 南アジアの高山地帯の国、ブータンでは2006年に突如、国王が退位を表明して民主主義体制に移ることになった。国民はみずからの手でリーダーを選ぶ権利を得たものの、これまでそうした経験が皆無だっただけに、政府は将来の本選挙に先立って模擬選挙を4日後の満月の日に行うことを決め、映画の舞台となるウラ村にも選挙委員会のメンバーの派遣が通知される。



 丘の頂にある小さな僧房で瞑想の修行にいそしんでいたラマ(ケルサン・チョジェ)は、そのニュースをラジオで聞くと、弟子のタシ(タンディン・ワンチュク)に対して当日までに2丁の鉄砲を用意するよう命じた。およそ鉄砲などと縁遠いタシは困惑して村をさまよったあげく、信心深い長老から使いものにならない古いライフルをもらい受ける。一方で、アメリカから旅してきたアンティーク銃の収集家ロン(ハリー・アインホーン)もこれに目をつけてなんとしても手に入れたいと画策する。



 いよいよ模擬選挙の日がやってきた。それは自分の生年月日すら知らない村人たちに有権者登録を求めたうえで、三つの架空の政党――自由と平等を唱える青色の党、産業の発展を主張する赤色の党、わが国の伝統を訴える黄色の党――のいずれかに一票を投じさせるというものだった。選挙委員会の女性委員ツェリン(ペマ・ザンモ・シェルパ)は、世界がこの試みに注目しているなかで必ず成功させなければならない、と熱心に取り組んだ結果、想定を大きく上回る98%の投票率がもたらされた。



 ところが、いざ蓋を開けてみると、ほとんどすべてが黄色の党の得票で、その理由は政策と関係なく黄色が国王を象徴するカラーだからと判明する。こうして、あっけなく模擬選挙が失敗に終わったのを見届けるかのように、満月が空に浮かぶ時刻となり、ツェリンとすべての村人を前にして、やおらラマが立ち上がって長口舌をふるうのだった。



 「ものごとは正しくあらねばなりません。いまここに救国の仏塔を建てます。仏塔とはブッダの悟りを表すもので、さまざまな災厄を防ぐためにこれまでも多く建てられてきました。その土台となる大地に穀物を埋めて飢饉を防いだり、クスリを埋めて流行り病を防いだり。いまは世界じゅうに憎しみ、争い、苦しみがはびこっています。私たちがこうした苦難を乗り越えて、ふたたび慈悲心をめざめさせるために、それら三つの毒の象徴として鉄砲をここに埋めて新しい仏塔を建てましょう」



 法要がはじまり、ラマの合図で、まずツェリンがタシから受け取ったくだんの年代物のライフルを穴のなかに放り込む。ついで、アメリカ人ロンがそれと交換するつもりで運んできた自動小銃を放り込み、そのかれを捕まえようと追跡してきた警官も腰のピストルを放り込み、村の子どもらは水鉄砲やらナイフやらを放り込んで……と、だれもかれもが笑顔で平和と福祉の実現をめざしてひとつになるのだった。



 もちろん、それは絵空事のファンタジーだろう。しかし、だからといって、純朴な登場人物たちといっしょになってわれわれも微笑んだあとに、すぐさま頭から消し去ってふたたび現実の世界に立ち返るといった態度で済むのだろうか?



 ブータンはチベット仏教を国教とする唯一の国として知られている。高野山大学博士(密教学)の平岡宏一の著作『運命を好転させる隠された教え チベット仏教入門』(2021年)は、そのチベット仏教において千年以上にわたって最も支持され、ダライ・ラマ十四世もしばしば説法会で取り上げてきたという典籍『入菩薩行論』をわかりやすく紹介している。映画のラマが瞑想の修行を中断して、仏塔を建てるにあたって述べたこともこの古来の教えにもとづくものと考えていいのだろう。



 そこには、たとえばつぎのような言葉を見て取ることができる。



 「老獪な戦士は敵と相対して戦地で剣を交えて戦うように、〔敵の〕煩悩の武器から離れて諸々の煩悩という敵を倒すよう心掛けよ」(第七章 68段)



 このテーゼを文字どおりに理解するなら、ラマが仏塔を建てたのは静謐な祈りにとどまらず、いまもなお煩悩の狂気に突き動かされている世界と正面切って戦うためであり、大地に鉄砲を埋めたのはまさしく宣戦布告の意味あいたろう。その相手とするのは? いうまでもない、片手に民主主義を、片手に鉄砲をかざして世界を牛耳るアメリカと、その権勢に追随する国々だ。果たして、だれもが笑顔になれる平和と福祉はどのように実現できるのか、この映画はわれわれに重い問いを投げかけているのだと思う。



 

一号館一○一教室

とある大学の学生記者・カメラマンOB・OGによる先駆的Webマガジン     カバー写真:石川龍