バーンスタイン作曲『アメリカ』

現代のジュリエットたちが

夢見たものは


62時限目◎音楽



堀間ロクなな


 いまでもはっきりと目に焼きついている。2003年に東京・渋谷のオーチャードホールで『ウェスト・サイド・ストーリー』のミラノ・スカラ座バージョンによる引越し公演を観たときのことだ。劇中の『アメリカ』の群舞で、アニタに扮した黒人のソランジェ・サンディがステップを踏みつつ、右腕を差しのべて手先をひらひらさせるという、そんな単純な動作のあまりの色気にわたしは失神しそうになったのだ……。



 レナード・バーンスタインが作曲したこのミュージカル(1957年初演)は、現代版『ロミオとジュリエット』として構想されたものだ。ニューヨークの下町を舞台に、ポーランド系とプエルトリコ系の非行グループが敵対しているなか、前者の仲間の青年トニーと、後者のリーダーの妹マリアがひと目惚れの恋に落ち、アニタが協力しようとするものの、結局はトニーの死をもって悲劇に終わるというもの。



 その第1幕の中盤で、プエルトリコ出身の少女たちによって激しいダンスとともに歌われるのが『アメリカ』だ。祖国と新天地のアメリカのどちらのほうが住みやすいのか、主張の反する2組に分かれてたがいに言い募り、こんなふうに唱和するのだ(スティーヴン・ソンドハイム作詞)。



 I like to be in America,

 Okay by me in America,

 Everything free in America,

 For a small fee in America!


 アメリカにいるのが好き、

 アメリカで私はOK、

 アメリカなら何でも自由、

 アメリカじゃ低賃金だけどさ!



 そう、思春期の女の子ならではの夢と欲望をぶつけあいながら、アメリカの現実を豪快に笑い飛ばすナンバーで、わたしにはこのミュージカルでいちばん胸が躍るシーンだ。



 ちなみに、有名な映画(1961年)では、視覚的効果への配慮なのか、女と男の組に分かれて歌い合う「紅白歌合戦」に矮小化してしまってペケ。映像なら、晩年のバーンスタイン自身がタクトを振った全曲録音(1984年)のメーキング・ビデオが秀逸だろう。主役のふたりにオペラのスター歌手のカレーラスとテ・カナワを起用したために全体として鈍重な印象が否めないが、こと『アメリカ』ではアニタ役のトロヤノス以下、イキのいい女声陣がはちきれそうな青春のコーラスを炸裂させている。



 先日発表された国連による「世界幸福度ランキング2019年版」では、156か国中、アメリカは19位、日本は前年よりさらに順位を下げて58位だった。もし『ニッポン』という楽曲が作られて、日本人も外国人もともにステージで、この社会の明暗について歌って踊って笑い飛ばすようなことができれば、幸福度の評価もいっぺんにアップすると思うのだが……。



一号館一○一教室

とある大学の学生記者・カメラマンOB・OGによる先駆的Webマガジン     カバー写真:石川龍