食欲に余白と美意識を加える


                                                                                                                           黄文葦

  20年間、体重がほぼかわっていない。普段、大食いをしないからだ。子供の頃、大人から「七分飽」という中国語の言葉を教えてくれた。日本語でいうと、腹七分目である。つまり、食欲に余白を持つこと。食欲があっても、節度ある食事を貫いてきた。また、お客さんにお茶を淹れる時、こぼれないように、カップの七分目までにするという教えをも覚えた。

 テレビで大食い番組がまったく理解できない。体を壊すではないか、大食いタレントのことを心配する。人間にはそんなに異常な食欲があるはずないのに、異常な量の食べ物をお腹に入れてしまう。食べ物にももったいない。そんな番組はなんの意味があるでしょうか、といつも疑問を感じる。

 ダイエットは、すでに世の中の共通認識になっているらしい。実は一番当たり前の簡単なダイエット方法は、食欲を控えることであるはず。なぜ、多くの人ができないでしょうか。医者と薬の力を借りるまで、体重を減らすサプリとかを使って、ダイエットする人も少なくない。人間がなぜ自分の食欲をコントロールできなくなるのでしょうか。実に意味深いこと。

 多数の俳優さん、笑い芸人が一日一食を実践している。一食だから、一日中ワクワクして、たいへん期待するという。さらに筋トレで体を引き締める。いつまでも体型が美しい。役者が役作りのために、太ったり痩せたりする。自分の食欲をコントロールすることは大したものだと思う。勿論、それは個人によることで、簡単に真似できない。

 2011年東日本大震災の直後、作家・元東京都知事の石原慎太郎が、日本人の「我欲」が横行しているとの批判を繰り返していた。我欲とは、物欲、金銭欲等々。その説が物議を醸した。まあ、それは一理があると思う。勿論、「我欲」は日本人の課題だけではなく、人間全体に関わること。物が溢れて物余り時代に、選択と控えることが大事である。

 食欲は一番基本的な「我欲」である。食欲との付き合い方が自然と環境にも影響を及ぼす。世の中、「◯◯放題」というビジネスモデルがありすぎる。食べ放題だから、焦って食べ、余計なものをお腹に入れてしまう恐れがある。食べないと損するという意識を生じやすい。食べ放題で食欲を膨らみ、余白がなくなる。それはまさに過剰な「我欲」を生じさせる。飲み放題で飲み過ぎたら、二日酔いする。食欲には両面性が持たれる。適度な欲は体に喜びを与える。過度な欲が心と体を壊す。ケーキ・スイーツの食べ放題もある。一気に甘いものをたくさん食べると太ってしまうではないか。かつてスーパーで蜜柑の詰め放題イベントを見かけた。大勢の人がなるべく多くの蜜柑を袋に入れて、蜜柑が潰れそうで、泣きそうに見えた。

 和食は食欲に余白と美意識を加える典型的な料理。美しいお皿に少量の食べ物を入れて、巧みに並べる。まさに盛り付けはアート。まず「美味しそうだね」と心で味わい、そして、少しずつ吟味する。それを、休日の食欲の満たし方としてはいかがでしょうか。また、安いものをたくさん食べるより、ちょっと高いものを少し食べる習慣がいいと思う。

 日本語を勉強している中国人から聞かれた。「日本人がなぜ食べ物言葉の前に「お」をつけるのか。お米、お菓子、おでんとか」。それは美化語で、普段慣れている話し方だが、いい発見だと思う。お米、お菓子など食べ物に敬意を払って、大事にいただく。食欲が清々しくなる。

 これから食欲の秋、美味しい旬の食材が揃える。食べ過ぎてしまう可能性がある。食欲の美意識を忘れずに、眼福と口福に出会えて、時間をかけてゆっくり味わうのがよいでしょう。

一号館一○一教室

とある大学の学生記者・カメラマンOB・OGによる先駆的Webマガジン     カバー写真:石川龍