デヴィッド・リーン監督『戦場にかける橋』『ライアンの娘』

巨匠はこう告げているようだ、

「不倫」を舐めてはいけない、と――


144時限目◎映画



堀間ロクなな


 イギリスが生んだ巨匠、デヴィッド・リーン監督の作品によって、かつてわたしは世界と出会った。たとえ場末のションベン臭い映画館でも、『戦場にかける橋』(1957年)が掛かるとそこはビルマ(現・ミャンマー)奥地のまばゆい熱帯雨林となり、『アラビアのロレンス』(1962年)であれば灼熱の太陽に炙られる砂漠となり、『ドクトル・ジバゴ』(1965年)ではロシアの凍てつく純白の雪原となるのだった。現在の目で見ても、いまだに最新の映像を凌ぐほどの圧倒的な力をもって迫ってくるのは、そこにかつて世界を席巻した大英帝国の栄華が堆積しているからに違いない。



 これらの映画史に聳え立つスペクタルの傑作において、あたかも壮大な自然の光景と対峙するかのように「不倫」のテーマが滔々と流れているらしいと気づいたのは最近のことだ。リーン監督はキャリアの初期に、しがない中年男女の色恋沙汰を活写した『逢びき』(1945年)で国際的な評価をかちえて以来、人間社会の規範に楔を打ち込むことをライフワークとしてきたようだ。



 そんな観点で『戦場にかける橋』を眺めてみると、戦時中日本軍が企図したクワイ河の鉄道橋建設のドラマを通じて戦争の狂気を暴き出したこの作品が、決して観る者に不快を催させず、むしろ温かい共感が込み上げてくるよう周到な仕掛けがなされていることに気づく。ドラマの序盤では厳しく対立した日本軍の捕虜収容所長(早川雪洲)とイギリス軍捕虜の隊長(アレック・ギネス)が和解して、双方の協力により完成させた橋梁の上で、たがいに「ビューティフル」と感嘆の声を洩らす場面にはどこか不倫の気配が漂っていないか。さらには、収容所を脱走して橋を爆破するために戻ってきたアメリカ軍の兵士(ウィリアム・ホールデン)も加え、あえて譬えれば敵味方の境界を超えて、頑固に威張りくさっていながら小心の父親と、したたかに我を通してものごとを進める母親、そして身勝手な跳ね返りの息子という三者の擬似ホームドラマと見なせるところが、陰惨な暴力や殺戮を描きながらも観客の気持ちを和ます要因となっているのではないだろうか。



 同じように、同性愛者のイギリス軍将校が広大無辺の砂漠を舞台にして華やかなヒロインのごとく咲き誇ったのちに散り急ぐ『アラビアのロレンス』や、ボルシェビキ革命の嵐に翻弄されながら詩人が家族と淫蕩な美女のあわいにさまよう『ドクトル・ジバゴ』も、やはり人間社会の規範の外に成り立っている。われわれは浮気も不倫も似たように受け止めがちだけれど、リーン監督にとって両者はまったく別次元のもので、不倫とはたんに性的なカテゴリーの話ではなく、それによって国家・民族・宗教などの違いを無化して、人間の歴史を組み直していく可能性さえあると捉えているようなのだ。



 その集大成が『ライアンの娘』(1970年)と言っていいだろう。20世紀初頭、アイルランドの海辺の寒村もイギリスからの独立運動に揺れるなか、居酒屋の可憐な娘(サラ・マイルズ)は恩師でもある男やもめの教師(ロバート・ミッチャム)に恋心を抱く。それは肉欲がもたらす気の迷いだと忠告する神父に向かって、娘は「肉欲を満足させたら私は別人になるの? なってみたい」と応じて結婚に踏み切ったものの、夫の淡白ぶりに初夜から欲求不満に苛まれ、やがて当地に赴任してきたイギリス駐留軍の若い将校(クリストファー・ジョーンズ)とのあいだに愛欲の焔を燃え立たせる。ふたりはただひたすらに肉体を貪りあうのだ、口をきくこともなく――。かつて神父の前の彼女がそうだったように浮気は饒舌をともない、不倫は沈黙のうちにあるのだろう。手元のDVDには付録にメイキング映像がついていて、そこではリーン夫人が「デヴィッド自身もセクシャルなひとだから、よく理解できたと思うわ。だからこれだけ克明に描けたの」と述懐している。



 アイルランドの海の怒涛も、イギリスからの独立も蹴散らすほどの、それはスクリーンに描かれた最も壮大な不倫のスペクタルだったかもしれない。しかし、あまりにも社会の規範を逸脱したせいか、高く評価される一方で猛烈な批判にも晒されたために、このあとリーン監督は映画制作から離れてしまう。そして、ようやく14年後に76歳で取り組んだ最後の作品『インドへの道』(1984年)では、イギリスから植民地インドを訪れた若い女性が暑気に煽られるようにして現地人医師への性的な妄想を炸裂させる……。いやはや、その映画作家人生においてみごとに首尾一貫した態度は、後世のわれわれにこう告げているようだ。不倫を舐めてはいけない、と。


一号館一○一教室

とある大学の学生記者・カメラマンOB・OGによる先駆的Webマガジン     カバー写真:石川龍