「推し」ができた

「私の突然変異」

子持ちコンブ


大好きな俳優やミュージシャン、あるいはキャラクターなどのことを、巷では「推し」と言うらしい。
 
ただの「好き」なんてものではなく、出演作を片っ端から観たり、イベントに赴いたり、その「推し」のために時間もお金も惜しまない。わたしたちの世代で言えば、いわゆる「追っかけ」といった方がニュアンスとしてはわかりやすいかもしれない。
わたしの趣味は映画鑑賞なので、好きな俳優もそれなりにいるが、そこまで入れ込むことはほとんどなかった(ちなみに最初にハマったのはブラピだ。世代!笑)。しかし今年、ついにわたしにも「推し」と呼べる俳優が現れた。
 
日本未公開の映画をチェックする過程で『Broadcast Signal Intrusion』という作品を観たわたしは、主演のハリー・シャム・ジュニアというアジア系俳優のただならぬ佇まいに釘付けになってしまった。

1999年のシカゴを舞台に、ビデオオアーキビストとしてテレビ局で働く主人公が、80年代のニュース番組の中に不気味な電波ジャック映像が入り込んだビデオを見つけ、電波ジャックの目的とその犯人を探るうちに大きな陰謀に巻き込まれていく、というミステリースリラーだ。1980年代に実際にシカゴで起きた電波ジャック事件(通称マックスヘッドルーム事件)をモチーフにしている。
 
主人公は過去に妻を亡くして心に闇を抱えており、人付き合いも苦手というキャラクターなのだが、上品な顔立ちのハリーが演じることで過度に重苦しくならず、一方でほのかな狂気も感じられて、最初は「こんな演技をするアジア系の俳優さんがいたんだなぁ」と驚いたのだった。元々はダンサーだったと知ったのは映画を観た後だったのだが、なるほど、物腰の柔らかさやどこか気品ある所作はそのせいだったのかと思った。
 
ハリー・シャム・ジュニアは日本でも一世を風靡した海外ドラマ「Glee」でアジア系の高校生マイク・チャン役として出演しており、過去には来日も果たしているのでおそらくドラマのファンはご存じだろうと思う。 

そんなわけでほかにも多くの作品に出演しており、一気に出演作を漁った(カメオ出演以外の映画は全部観た)。それだけでは飽き足らず、インタビュー記事やポッドキャストを見聞きし、YouTubeや画像の検索に空き時間を費やし、「Harry Shum Jr」というワードが常に身近にある日々となった。新たな発見と深まる興味。毎日が楽しく、「推しのいる生活とはこういうものなのか!」と開眼した次第である。「推しを推す」という行為は、こんなにも人生を豊かにするものなのか。
あぁ、推しの生きている世界はなんと輝かしく、彩りに溢れているのだろう!!(大丈夫か?)


さて、話は変わるが、昨今のハリウッド映画界はアジア系の活躍が大きなトレンドとなっている。『パラサイト半地下の家族』がアカデミー賞を受賞したことを皮切りに、今年はNetflixドラマ「イカゲーム」の世界的大ヒットと韓国エンタメは高みに達し、キャスト・スタッフともにアジア系が中心となって製作された『クレイジーリッチ!』のヒットも記憶に新しい。

今年はビックバジェット映画の代名詞であるスーパーヒーロー映画シリーズMCU(マーベルシネマティクユニバース)で中国系アメリカ人のヒーロー『シャン・チー』が大きな話題をさらい、アカデミー作品賞『ノマドランド』の中国人女性監督クロエ・ジャオは多様性に溢れたヒーローを描いた『エターナルズ』でヒーロー映画の新たな流れを作り出した。
インデペンデントな作品だけでなく、ハリウッドの中核をなす大作映画でこれだけの存在感を示せているというのは、これまでにない大きな変化ではないだろうか。
 
映画界におけるそれらの躍進は、製作現場の意識改革、アメリカにおけるアジア系人口の増加、字幕文化の広がり(元々アメリカでは非英語の作品は吹替が主流。Netflixなどの動画配信サービスによって字幕による映画鑑賞に抵抗がなくなったと言われている)など、さまざまな要因が語られているが、評価上昇には当然俳優や関係者の地道な活動があってのことだろうと思う。決して突然変異的に注目を集めているわけではないということだ。

2000年代から第一線で活躍している我が推しハリーもその一翼を担っていることだろう。 
来年も、映画界隈におけるアジア系の活躍に期待しつつ、推しのいる生活を楽しんでいきたい。

一号館一○一教室

とある大学の学生記者・カメラマンOB・OGによる先駆的Webマガジン     カバー写真:石川龍