石垣りん 著『屋根』『レモンとねずみ』
わたしが戸建ての
木造家屋に住む理由
397時限目◎本
堀間ロクなな
わたしは自分の住まいとして、戸建ての木造家屋しか考えられない。ことさら風流人を気取るつもりはなく、幼いころマッチ箱のような二軒続きの都営住宅に暮らした思い出がいまだに懐かしくよみがえる反面で、鉄筋コンクリートの高層建築には腰が引けて、たとえ都心一等地に聳え立つ「億ション」の最上階ルームであっても、ひと晩かふた晩を過ごすだけならともかく、そこで日常生活を営まなければならないとなったらさっさと尻尾を巻いて逃げだすだろう。
いまどき、どうして? と質されても自分でもうまく答えられない。マンション住まいの友人知人が、便利だ、清潔だ、安全だ、と言い立て、とくに高齢になったらこちらのほうがずっと適している、とさかんに勧めてくるのに、わたしは閉口するばかりだったところ、石垣りんの詩集を繰っていて思わず膝を打った。さすが詩人だ! 自分では言葉にならなかった実感をみごと作品に昇華させていて、つくづく感心した次第。省略するのは畏れ多いので完全な形で書き写す。十代から家族を養うために銀行勤めをしていた作者の、第一詩集『私の前にある鍋とお釜と燃える火と』(1959年)のなかの一篇だ。
屋根
日本の家は屋根が低い
貧しい家ほど余計に低い、
その屋根の低さが
私の背中にのしかかる。
この屋根の重さは何か
十歩はなれて見入れば
家の上にあるもの
天空の青さではなく
血の色の濃さである。
私をとらえて行く手をはばむもの
私の力をその一軒の狭さにとぢこめて
費消させるもの、
病父は屋根の上に住む
義母は屋根の上に住む
きょうだいもまた屋根の上に住む。
風吹けばぺこりと鳴る
あのトタンの
吹けば飛ぶばかりの
せいぜい十坪程の屋根の上に、
みれば
大根ものっている
米ものっている
そして寝床のあたたかさ。
負えという
この屋根の重みに
女、私の春が暮れる
遠く遠く日が沈む。
まさしくそう、屋根なのだ。わたしも屋根というものがないと日々の生活をイメージできないのだ。それはもちろん、ここに書きつけられたとおり、家屋を雨露から守るばかりでなく、身内のしがらみをまとってずっしりとのしかかってくるものではあるけれど、作者はそこからしか生活がはじまらないことを見据えている。鉄筋コンクリートのマンションにはそもそも、こうした生活の重さを受け止める仕掛けが存在しないのではないか。
屋根にちなんだ作品をもうひとつ挙げておく。2004年に84歳で石垣りんが他界したあとに、それまで詩集に収録されなかった40篇を集めた詩集『レモンとねずみ』の表題作だ。
レモンとねずみ
きのう買っておいた
サンキストレモンの一個がみつからない
どうやらねずみがひいて行ったらしい。
今ごろ 黒い毛並のチビが
つやつや光る黄色い果実をかかえこんで
つぶらな眼をキョロリと光らせていることを思うと
狭い我が家の天井裏が宮殿のようだ。
木枯が 玄関から台所に
こっそりぬけてゆくような
侘しい私の暮しむき
強い雨が降れば
したたかにもる屋根の下で
ながいこと親しむことを知らない
いじらしい同居人が
美しいものを盗んで行った。
(おお、私も身にあまるものを抱えこんでみたい)
今宵 頭上の
暗い、ほこりまみれの場所に
星のような灯がさんぜんとともるのを
私は見た。
わたしが戸建ての木造住宅に住みたい理由がここに集約されている。蛇足ながら、ひとつだけつけ加えておこう。かつて静岡大学農学部で行われた実験のことだ。それによると、木製、鉄製、コンクリート製の箱に分けてネズミのつがいを飼育し、新たに生まれた子ネズミが離乳するまでの23日間の生存率を調べたところ、木製の箱で85.1%、鉄製の箱で41.0%、コンクリート製の箱で6.9%という、大差のつく結果が出た。すなわち、石垣りんが綴った「星のような灯がさんぜんとともる」光景は木造でしかありえなかったわけで、わたしなどはむしろ鉄筋コンクリートに住むことのほうに首を傾げたくなるのだが……。
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