ディオールの例から考える文化の盗用と文化の流動

                               黄 文葦

ディオール(DIOR)が2022年ウィメンズ・フォール・コレクションで披露したミドル丈のスカートが、中国の明時代の伝統的な衣服であるマミアンスカートに似ていると中国のネットユーザーの間で物議を醸している問題について、多くの現地の中国人留学生がパリのシャンゼリゼ通りにあるディオールの店舗前に集結し、抗議を行った。 抗議のために集まった学生の多くはマミアンスカートや漢服を着用し、ディオールからの謝罪と問題となったスカートの販売中止を求めた。この抗議の様子はウェイボー(Weibo)やウィーチャット(WeChat)でライブ配信され、数十万人が視聴したという。

 中国のマスコミが直ちにディオールによる「文化の盗用(cultural appropriation)」を批判始まった。「ディオールは、中国の伝統的なマミアンスカートを盗用し、自身のオリジナルなデザインとし、製品表示には中国要素に触れなかった。世論の反発を受け、同ブランドは中国語サイトから商品を取り下げただけで、現在まで前向きな対応をしておらず、中国の消費者の気持ちを大きく傷つける行為となった」と強く批判した。 

 中国では、ディオールに抗議した中国人留学生たちはまさに英雄に見なされている。この抗議行動は、近年の中国伝統文化に関連する海外に向ける抗議行動の一つに過ぎず、共通するのは、それが中国人のナショナリズムの波を刺激した。 

 「文化の盗用」が中国ネット上で繰り返し言及されるようになったのは2015年で、2018年に注目のピークを迎えた。当時、18歳のアメリカ人女子高生が中国のチャイナドレスを着てプロムに参加した写真をSNSに投稿し、中国系アメリカ人のネットユーザーから「私の文化はあなたのプロムドレスではない」と非難され、「文化の盗用」という概念で議論を巻き起こした。 今から見れば、アメリカ人女子高生が中国のチャイナドレスを着ることは、歓迎すべきではないか。「文化の盗用」ではなく、「文化の流動」だと言える。流動するからこそ、文化が広げていく。 

 文化の流動はいい刺激の相互作用であるはずで、ファッション・デザインが異なる文化要素の間を行き来し、敬意を払うこと。遼・宋の時代にさかのぼり、明・清時代に流行したマミアンスカートのデザインコンセプトは、デフォルトで技術のパブリックドメインにあり、いかなる個人または組織団体によっても特許化されていない。権利の主体が存在しないため、知的財産の侵害にもならない。 逆に言えば、ディオールのいわゆる「マミアンスカートに似ているミドル丈のスカート」が定着されれば、ブランドはそのデザインを特許化する権利を有するということ。 

 現在、中国のファッション業界では、マミアンスカートはあまり取り組まれていなさそうである。マミアンスカートが中国人の服飾の歴史舞台から姿を消したのは、1920年代から1930年代にかけてである。正直言って、今回のディオール騒動がなければ、多くの人はマミアンスカートを知らないだろう。 2つの服飾のデザインが視覚的に類似しているからといって、かならずしも盗用とは言えないだろう。デザイナー同士の争いの場合、他人が自分の作品をコピーしたことを証明したい場合は、自身の思考の源やデザインの全過程を説明することで、オリジナリティを証明するのが一般的だ。しかし、広い意味では、現在のすべてのデザイナーは先人の上に立っていると言えるので、知的財産権の保護はファッション・デザインの分野では共通のジレンマである。 マミアンスカートはグラフィックとして特許を取得しておらず、主流のファッション文化の明白なシンボルではないため、知的財産権保護が申請されていない場合、その文化的要素は「盗用」と定義するよりも「参考」というほうがふさわしい。 

 ファッション業界のことを言えば、海外文化の取り入れは避けられない。それと同じように、中国のデザイナーも海外の伝統や文化や流行要素の良いところを参考して、さまざま人の経験を継承し、自分たちのデザインに融合させるわけである。 

 加速するファッション業界の歯車に巻き込まれたデザイナーにとって、異国の文化は最も手に取りやすいインスピレーションの源となっている。デザイナーは各国の文化から学び、新しい要素でイノベーションを起こす。 

 近年、情報伝達の容易さ、国民的文化意識の目覚めと相まって、「文化の盗用」と「文化の流動」をめぐる論争が頻発しており、ディオールもそのような論争に巻き込まれたことが何度かある。 

 今回の騒動は、異なる文化の相互学習と流動について議論する機会であるべきだ。排外主義のナショナリズム感情の新しい波を引き起こしてはいけない。抗議するより、議論・交流のほうが重要である。 もう一つ、長い間、中国企業は、単に手っ取り早く利益を得るために、多くの外国企業の製品をコピーしてきたという事実を反省する必要がある。 

(メルマガ黄文葦の日中楽話第83話より)

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