神代辰巳 監督『赫い髪の女』

ポルノ映画を
成り立たせた条件とは


558時限目◎映画



堀間ロクなな


 かつてポルノ映画というものがあった。都会の繁華街だけにかぎらず、うらぶれた商店街などにもひっそりと小さな映画館がうずくまって、そこには裸体をくねらせた女性のポスターが貼りだされていたから、日本社会の津々浦々にこの手の映画の観客が存在したのだろう。そして、まだ年端のいかぬ少年たちにも、親や学校の先生が偉そうなことを言ったところで、しょせん世の中の根っこは男女のスケベさに過ぎないことを教えてくれたのだった。



 わけても、こうした映画の分野において一世を風靡したのは「日活ロマンポルノ」で、ウィキペディアによると、1971年11月に西村昭五郎監督『団地妻 昼下りの情事』と林功監督『色暦大奥秘話』ではじまり、1988年5月の後藤大輔監督『ベッド・パートナー』と金澤克次監督『ラブ・ゲームは終わらない』で幕を降ろしたという。足かけ17年におよんだ制作期間のなかで、最高傑作のひとつとされているのが神代辰巳監督の『赫(あか)い髪の女』(1979年)で、わたしもいまにして初めてビデオで鑑賞してみた。



 ストーリーは単純このうえない。ダンプカー運転手の光造(石橋蓮司)は雨のそぼ降る日、傘も差さずに道端を歩いていた女(宮下順子)を拾って、ふたりはアパートの2階の部屋でいっしょに暮らすようになる。仕事がないときは、インスタントラーメンを啜りながら、昼も夜もひたすらセックスに興じる日々……。実は、この映画は戦後生まれ初の芥川賞作家、中上健次の短編小説『赫髪』(1979年)にもとづくものだ。原作では、光造と女のセックスのありさまがたとえばこんなふうに描写されている。



 女は犬のようになめられたがったし、犬のように光造をなめた。光造の素肌に出来た鳥肌を面白いと舌を這わした。光造は女の女陰を指で開きそれが女の一等壊れやすい部分だと舌を置いて口で風の息を吹きながら動かした。女は光造の陰毛に唇を当て陰毛を唾液で濡らしながら噛み、また声をあげる。何度も女の内臓の奥から吐き出すその声を耳にしたが光造には新鮮だった。同じ体から同じ声が出るがその快楽の声は今はじめて耳にするもののように聴えた。女は丁度真上から逆さまに押さえ込まれているために自由になった足をのばして広げ力を込め、その力の限界で、「いや」と足を閉じた。女は力なく女陰をまだ嬲る光造の頭を撫ぜる。



 まさしく犬のたぐいと変わることなく、男と女はひたすらおたがいのからだの隅々までをしゃぶりあう。その営みがあまりにも懸命なだけに滑稽さを帯び、やがて悲哀までも湛えていくありさまを作家は凝視しているようだ。もっとも、えんえんと無言の行が続くだけでは映画にならないからだろう、神代監督はこうした光造と女が絡みあうシーンでセリフを与えている。アパートの階下の部屋に住むヤク中の夫婦がやはりこのときセックスしているというシチュエーションを設定して、ふたりにこんな会話を交わさせるのだ。



 「下の女が豚のような声を出して泣いとる」

 「お前のよがりも下じゃあんなふうに聞こえとるじゃろ」

 「うちもあんな声出すんかいな。いやらしいなあ、いやらしいなあ」

 「なんでや、生きとる証拠や」

 「うちも豚のような声出させてほしい」



 なるほど、こうした脚色によって中上の砂を噛むような実存的な世界がエロティシズムの神話へと変貌し、男は頼もしさを女は健気さをまとって、映画館の客席で息をひそめる男性客を性的な興奮に導き、「日活ロマンポルノ」の最高傑作を出現させたのだろう。まさに名職人の手腕を眺めるような思いがする。ところが、当の神代監督の認識はずいぶん異なるものだったらしい。映画公開から3年が経過した1982年に『赫髪』を含む短編集『水の女』が集英社文庫に収められた際、かれは巻末の解説文を寄せて、いまあらためて原作を読み返してみると、映画化にあたって自分は女主人公のキャラクターを間違えてしまった、と告白しているのだ。作者は何も言わないけれど実は怒っているのではないか、とまで書きつけてこう続ける。



 男達が女を漁るように、女達も男を漁る。五分五分のせめぎあいである。そう言うふうに、「赫い髪の女」を撮っていたら、もっと違った映画が出来ていた筈である。中上さんの「赫髪」にもっと近づいた映画が出来ていたのではないかと今更のように思ったりしている。



 それはそうかもしれない。しかし、果たしてポルノ映画として成立したかどうか。セックスの描写についても男女平等が模索される時代を迎えて、神代監督の言葉は奇しくも、すでに目の前までやってきていた「日活ロマンポルノ」の終焉を予告するものでもあったように読めるのである。



一号館一○一教室

とある大学の学生記者・カメラマンOB・OGによる先駆的Webマガジン     カバー写真:石川龍