井上堯之バンド演奏『太陽にほえろ!』メインテーマ
年金の心配なんか蹴飛ばしてしまえ――
音楽の向こうからそんな声がする
23時限目◎音楽
堀間ロクなな
国立国会図書館の開館70周年記念展示「本の玉手箱」に『太陽にほえろ!』の脚本が出品されていると新聞記事で知って、さっそく足を運んだ。のけぞった。だって、所蔵品の貴重な文献や稀覯本がところ狭しと陳列されているなか、湯川秀樹博士の論文「中間子の本性について」(1949年)と同じガラスケースに並べられて、それはあったのだから。
日本テレビで1972年~86年の14年半にわたり毎週放送された、石原裕次郎のボスが主役の刑事ドラマ『太陽にほえろ!』のファンだった方は数多いだろう。むろん、これだけの長大なシリーズであればそれぞれに親しんだ時期は異なるにせよ、すべてのファンにとって、あの雷鳴のような導入部からはじまるテーマ音楽がすぐさま思い起こされるのは共通なのではないか。その演奏を行ったバンド・リーダーの井上堯之は今年(2018年)5月に逝去し、奇しくもこの催しがはなむけとなった観があった。
展示された脚本は、ちょうどわたしが最も熱中していたころ、1974年8月30日放送の第111話「ジーパン・シンコ、その愛と死」(小川英著)のものだった。第2代目の新人刑事、松田優作演じるジーパンが殉職を遂げた回――。そこには、ジーパンが容疑者の会田を取り逃がしたあと、婚約した同僚の関根(現・高橋)恵子扮するシンコ刑事に向かって告げる、こんなセリフが記されていたろう。
「これでいいのかもしんないよな。俺さ、会田のことが気になったり、イザというときに撃てなかったりしたのは、たぶんシンコと結婚する気になったせいかもしんないな。結婚してさ、子どもができて、ホシの気持ちばっかし考えてさ、だんだんだんだんと臆病になってよ、そんで年取って、年金もらって満足してよ、俺もそういうふうになってくんだろうな。そんでも、それでいいのかもしんないよな、シンコ」
相手のシンコは、「口ではすねたこと言ったって、ただ年金のためだけに働くなんてこと、あなたにできっこないわ。私が保証する」と応じるけれど、シンコの弁を待つまでもなく、息をつめて画面を眺めていた中学生のわたしにしても、年金に汲々とする将来なんて想像だにできなかった。
このあと、ジーパンは会田を拉致した暴力団のもとに単身で乗り込み、壮絶な銃撃戦の果てに敵を殲滅するものの、救い出した会田が放った弾丸を腹部に受ける。目の前の脚本はその場面のページが開かれ、ジーパンの「バカだなァ、お前は……」と印刷されたセリフが鉛筆書きで修正されていた。
「ナンジャーこれは」
そう、これこそがあの夏の夜、日本じゅうが耳にした青春の雄叫びだった。
ドラマのなかでジーパンが斃れて44年、それを演じた松田優作が世を去ってからも29年が経過した。かくて、わたしも青春は遠い昔となり、やがて手にする年金の額面について心配する年齢になった。いや、年齢ではあるまい。およそ年金の心配なんか蹴飛ばしてしまえば、いつだって、どんな年齢だって青春の日々なのだろう。少々大きめのヴォリュームで井上堯之バンドが演奏する灼熱のメインテーマをかけると、そんな気概がふつふつと湧いてくるのである。
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