バート・ランカスター主演『大空港』

女にだらしない男たちが
そのとき… 


 641時限目◎映画



堀間ロクなな


  ジョージ・シートン監督の『大空港』(1970年)は、航空機事故への対応をテーマとして、スリルとサスペンスをてんこ盛りにしたパニック大作映画の元祖と位置づけられている。その大ヒットによって、以来、あれこれの交通機関の事故やケタ外れの災害を扱った作品が続々とつくられることになった。



 この手のスペクタクル映画は莫大な製作費を要するだけに、とりわけハリウッド資本が得意とするジャンルだったが、やがてCG技術の進歩にともなって世界に広がっていき、日本でも航空機事故のテーマにかぎっただけで『BRAVE HEARTS 海猿』(羽住英一郎監督 2012年)や『TOKYO MER 走る緊急救命室』(松木彩監督 2023年)などが記憶に新しい。しかし、いまあらためて元祖とこうした和製パニック映画を見較べてみると、彼我のあいだにはひとつの顕著なギャップが存在することに気づく。



 『大空港』の舞台は、シカゴのリンカーン国際空港。主要な登場人物は、空港長(バート・ランカスター)、トランスグローバル航空のパイロット(ディーン・マーティン)、地上勤務の主任整備士(ジョージ・ケネディ)の3人だ。



 かれらには共通点があって、空港長はこれまで家庭生活を顧みなかったせいで離婚直前の状態の半面、航空会社が派遣した秘書役の女性(ジーン・セバーグ)とただならぬ思いを寄せあっている。パイロットはその空港長の妹を妻としながらプレイボーイの癖が抜けず、不倫相手のスチュワーデス(ジャクリーン・ビゼット)から妊娠の事実を告げられる。また、主任整備士は長年連れ添った愛妻といまもアツアツの関係で、仕事が終わればさっさと自宅に直行してベッドインという日々を送っている。つまりは、3人とも性欲が旺盛で、色恋沙汰において自制心に欠けるところがあるようなのだ。



 ところが、である。シカゴが記録的な大雪に見舞われたその日、トランスグローバル航空のボーイング機が誘導路からスリップして積雪のなかで身動きできなくなり、メイン滑走路の閉鎖を余儀なくされる一方で、くだんのプレイボーイのパイロットが機長をつとめるローマ行きの便では心身症の乗客(ヴァン・ヘフリン)の持ち込んだダイナマイトが爆発して機体に穴を開け、急遽、リンカーン国際空港に戻ってメイン滑走路に着陸させなければならない事態を迎える。絶体絶命のピンチ! しかし、空港長は敢然として宣言するのだ。



 「オレが自分でやってやる!」



 このセリフはひとり責任者の空港長だけでなく、メイン滑走路に停滞中のボーイング機の一刻も早い移動作業にあたる主任整備士や、爆発で大きく損傷した機体と阿鼻叫喚の乗客たちを帰還させるために操縦桿を握るパイロットのものでもあっただろう。つまり、ふだんは女の色香にウツツを抜かしているようなだらしない連中が、イザとなったらたちどころに雄々しいヒーローに早変わりして、全身全霊をもって危機に立ち向かっていくドラマだといえよう。



 もとより、あくまでエンターテインメント作品ゆえ、『大空港』が差しだしてみせたのは一種のファンタジーであって、現実の航空業務においてこれほどまでにタガの外れた人間が横行しているはずはない。とはいえ、和製のパニック映画ではおよそこんな設定はありえず、前記の『BRAVE HEARTS 海猿』や『TOKYO MER 走る緊急救命室』でも、主人公の男たちはいずれもひときわ愛妻家で人畜無害な好人物に描かれたことと比較対照すれば、やはりそこにはアメリカ社会に特有な価値観が反映しているのではないだろうか?



 「あの女をがんがん口説いたけど、ダメだった。結婚してやがったし」



 かつてこんな発言をしてのけた人物が、数々の女性スキャンダルをものともせず、このたび(2025年1月)アメリカ大統領への返り咲きを果たしたのもまた、そうした精神風土がもたらしたものだろう。われわれの感覚ではなかなか理解できないのもやむをえないと思うのである。


 

一号館一○一教室

とある大学の学生記者・カメラマンOB・OGによる先駆的Webマガジン     カバー写真:石川龍