小坂明子 歌唱『あなた』
少子化対策のヒントが
この歌に
707時限目◎音楽
堀間ロクなな
先日、車を運転していたとき、ラジオから懐かしい歌が流れてきた。小坂明子の『あなた』。ひとしきり耳を傾けながら、ふいに重大な発見をしたことに気づいて膝を打ちたくなった(もちろん、両手はハンドルを握っていたからできなかったけれど)。もったいぶらずに打ち明けてしまえば、わたしはそこに現代日本が直面する最大のテーマ、少子化問題への対策のヒントを見て取ったのである。
もしも私が家を建てたなら
小さな家を建てたでしょう
大きな家と小さなドアーと
部屋には古い暖炉があるのよ
真赤なバラと白いパンジー
小犬の横にはあなた あなた
あなたがいてほしい
それが私の夢だったのよ
いとしいあなたは今どこに
ブルーのじゅうたん敷きつめて
楽しく笑って暮らすのよ
家の外では坊やが遊び
坊やの横にはあなた あなた
あなたがいてほしい
それが二人の望みだったのよ
いとしいあなたは今どこに
そして私はレースを編むのよ
わたしの横には わたしの横には
あなた あなた あなたがいてほしい
兵庫県西宮市出身の小坂明子が自作の歌をひっさげてデビューしたのは1973年、16歳の高校生のときで、初々しい少女がピアノを弾きながら一途にうたう『あなた』は200万枚を超える大ヒットを記録してNHK紅白歌合戦にも出場を果たした。その歌詞は自分が思い描く未来の夢を素直に語ったものだが、ちょっと不思議な内容だ。小さな家には古い暖炉があり、赤いバラや白いパンジーが飾られて……と、まるでリカちゃん人形のハウスのようなおしゃれな生活の舞台には「小犬」と「坊や」の居場所はあるのに、なぜか「いとしいあなた」は不在で、ただ「私」がアタマのなかで思いをめぐらせているだけなのだ。これは一体、何を表しているのだろう?
そこで、あらためてこの歌が出現した1973年というタイミングを振り返ってみると、なかなか興味深い。プロ野球で巨人がV9を達成したこの年は、「団塊の世代」のジュニアが結婚適齢期に達して「第二次ベビーブーム」をもたらしたピークにあたり、約209万人の子どもが生まれ(現在約67万人)、合計特殊出生率は2.14となり(現在1.15)、この数値は翌年に2.05を記録したあと、今日まで半世紀にわたって2.0を下まわり少子化の趨勢に歯止めがかからずにいる。つまり、『あなた』が国民的人気を博したのは、当たり前のように多くの子どもが誕生する一方、家族のあり方に変容が迫りつつあった時代だったわけで、不思議な歌詞はそうした社会心理を反映していたことがわかる。
今日、国や自治体は、少子化対策として児童手当の拡充や保育サービスの充実から、若者を結婚させるための婚活支援まで莫大な予算を費やしている。もとより、相応の意味はあるにせよ、それらの施策によって出生率が上昇すると見込むひとはだれもいないのが実情ではないか。むしろ、わたしは小坂明子がうたった歌詞にこそ貴重なヒントが示唆されているような気がするのだ。
最大のポイントは、いまの日本社会において思春期の少女たちが未来の夢を思い描くとき、そこに「坊や」(もちろん、女の子の場合もあるだろう)の居場所があるかどうか、この一点にかかっているはずだ。そして、国や自治体の役割は、こうした夢を思い描く女性たちに対して、たとえ「いとしいあなた」が不在で、ひとり親だとしても(もちろん、男性のひとり親というケースもありえるだろう)なんらハンデを負うことなく安心して子どもを育て社会に送りだせる仕組みを構築することだ。それこそが出生率を回復させる最も有効な手立てと考えるのだが、どうだろうか?
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