樹山 瞳 著『The コウモリ 愛すべきスーパーアニマルの真実』

空飛ぶ哺乳類の
かぎりない魅力に迫る


708時限目◎本



堀間ロクなな


 さまざまな宗教が、地球上の生物のなかで人間だけが特別な地位を占め、おたがいに愛しあって生きていくべきことを教えている。それは逆にいうなら、陸・海・空の生物たちに取り囲まれて、人間がともすると人間以外の生物を愛しかねないことを意味しているのかもしれない。樹山瞳の『The コウモリ 愛すべきスーパーアニマルの真実』(オンデマンド出版 2025年)を前にして、そんなことを考えた。



 わたしはこの著者とささやかなネット上の交流があって、元コピーライターの彼女がコウモリに深い思い入れを持ち、かれらの魅力を広く伝えて絶滅の危機から守る活動に取り組んでいるのは知っていたものの、その愛情のパワーが60ページのブックレットまでつくらせてしまったことに驚嘆したのだ。まさしくコウモリに捧げたラブレターではないか!



 樹山はまず、コウモリが鳥の仲間ではなく「地球上で最後の、そして哺乳類では唯一の自力飛翔動物」であることを強調する。実際、その骨格のスケッチを眺めると、人間とよく似ている。いや、この言い方は正しくない。コウモリは恐竜の支配が終わり哺乳類が台頭した始新世の初期(約6000万年前)に「完成された姿で突然現れた」とされているから、人間よりはるかに古いわけで、したがって人間のほうがコウモリに似ていると見なすべきだろう。ようやく人間が登場したときにはすでに頭上をかれらが飛びまわっていたはずで、わたしなどはつい、いにしえの天使や悪魔のイメージはコウモリに由来するのかも? と想像をふくらませたくなる。



 そんなコウモリたちは凄まじい能力の持ち主だ。空を飛ぶ動物のなかで水平飛行時に世界最速の時速160キロメートルを記録したり(メキシコオヒキコウモリ)、ひとの親指くらいの大きさでロシアからフランスアルプスまで2486キロメートルの長距離移動を達成したり(ナトゥージウスアブラコウモリ)、また、よく知られるとおり、空中でのホバリングや急速な方向転換・反転などバレリーナさながらのアクロバット飛行を披露したり……。



 わけても、代表的なスゴワザが超音波によるエコーロケーション(反響定位)だ。コウモリのなかには最高212キロヘルツ(21万ヘルツ)という人間には想像もつかない超高周波を用いる種類もいるという。



 「コウモリは私たちが話したり歌ったりするのと同様に、口(一部の種は鼻)から超音波を発し、それが物体に反射して戻ってくるのにどれだけ時間がかかったかを知ることによって、周囲の物体がどれだけ離れているかを感知します。〔中略〕糸で作った障害物を避ける実験によると、コウモリは0.05ミリメートルの細さの糸に気づくことができ、直径4.8ミリメートルの物体を3メートル先から見つけることができます。さらに、その物体の大きさだけでなく、質感(ザラザラ、スベスベ等)まで瞬時に判断でき、その物体が食べられるかどうかも3秒以内に感知できます」



 こうした最先端テクノロジーも凌駕する能力を持つコウモリは、世界に1487種類(2025年6月現在)がいるとされ、南北に長い日本列島にはこのうち35種類(絶滅種2種を除く)が生息して、オガサワラオオコウモリやヤンバルホオヒゲコウモリなど固有種も多く、バラエティ豊かなコウモリに恵まれたレアな国なのだとか。それは、わたしにとって大いなる啓示だった。



 確かに、幼時から今日まで東京・多摩地区に暮らしてきて、コウモリはいつも身近にいたように思う。その存在に初めて気づいたのは中学のころ、放課後の部活が終わったあとのグラウンドで鋭角を描いて縦横に飛びまわる姿を目にしたときだった。以後、大学から社会人へと移ろうにつれて何度か引っ越したけれど、いずれの土地でも黄昏どきにはかれらを見かけたし、サラリーマンを卒業したいまだってお定まりの散歩コースを辿りながら、黒い影が頭上を翔けていくのにしばしば出会う。



 この半世紀ばかりのあいだ、人間同士の世間にあっては公私ともにあれこれの煩わしさに翻弄されてきたけれど、コウモリたちはいつもわが身を見守ってくれていたのかもしれない。そんなふうに思い当たると、わたしもいっそ人間よりかれらのほうが愛おしくなってしまいそうだ。



 樹山が丹精を込めたブックレットは、小さくとも危険な一冊のようなのである。



 【追記】 

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とある大学の学生記者・カメラマンOB・OGによる先駆的Webマガジン     カバー写真:石川龍