レブエルタス作曲『マヤ族の夜』

熱血作曲家が描きだした
古代の神話の轟き


709時限目◎音楽



堀間ロクなな


 シルベストレ・レブエルタスは20世紀ならではの熱血作曲家というべきだろう。



 1899年の大晦日にメキシコの田舎町サンチャゴ・パパスキアロで生を享けたかれは、メキシコ革命の嵐のまっただなかで少年期を過ごし、アメリカ合衆国の音楽大学に留学したのち、1929年に祖国へ戻ってメキシコ交響楽団副の指揮者をつとめるかたわら作曲活動に取り組む。ところが、1936年にスペイン内戦が勃発すると、ヘミングウェイと同じく大西洋を渡って人民戦線の義勇軍に参加したものの、ファシストのフランコ将軍が勝利を収めて、帰国してからは路頭をさまよいながらアルコールに溺れ、1940年10月5日、自作のバレエ音楽『さすらうオタマジャクシ』が初演された日に息を引き取った。



 ことほどさように起伏の激しい生涯を送ったレブエルタスだけに、かれの手になる音楽もまた、はなはだしく熱量の高い作風であったことは想像のとおり。死の前年につくられた『マヤ族の夜』(1939年)もそんな代表作のひとつだ。これはチャーノ・ウルエタ監督の映画のための音楽で、メキシコ南東部のジャングルを舞台とするマヤ族の供犠(いけにえ)の儀式のドキュメンタリー・タッチの映像を彩った楽曲を、レブエルタスの没後、あらためてオーケストラ用の組曲に編み直したもの。第1楽章「マヤ族の夜」、第2楽章「祭りの夜」、第3楽章「ユカタンの夜」、第4楽章「魔術の夜」からなる演奏時間30分ほどの作品では、まさしく亜熱帯の密林の濃密な闇に極彩色の血潮をぶちまけたような音響の一大絵巻が繰り広げられるのだ。



 それは、わたしに古代のマヤ神話『ポポル・ヴフ』を思い起こさせる。たとえば、若い双生児の神、フンアフプーとイシュバランケーが宿敵である暗黒の世界シバルバーの主たちの討伐に出かけ、かれらの前で歌と踊りを披露しながら刀をふるうと、供犠の生きものがいったん死んですぐさまよみがえってくる場面。こんなふうに――。A・レシーノス原訳、林屋永吉訳。



 そこで二人の歌と踊りが始まった。シバルバーの連中は彼らの踊りを見ようと、みんな集まってきた。まずクッシュの踊りが始まり、プフイの踊りとイボイの踊りがこれにつづいた。

 やがて主が、「おれの犬をずたずたに切ってみろ。そして、すぐよみがえらせてくれ」と言った。二人は、「かしこまりました」と答えて、ただちに犬を寸断し、これをまたすぐに生き返らせた。犬は生き返ると、うれしそうに尻尾を振った。〔中略〕

 主たちはすっかり魂消てしまって、「こんどは、おまえたち自身を供犠にしてみせてくれ。おれたちは、おまえたちの踊りがすっかり気にいった」と二人に言った。二人は「よろしゅうございます」と答えて、早速、おたがいどうしを供犠にしてみせた。つまり、イシュバランケーがフンアフプーを供犠にしたのだが、まず手と足を一本ずつすぱりと切り落とし、それから首を切り離し、少し離れたところへもって行き、それから心臓を胸からひっぱり出して、草むらのほうへほうり出した。シバルバーの主たちはみんな恍惚としてこれを眺めていた。〔中略〕

 やがてイシュバランケーが「立て」と言うと、すぐにフンアフプーは元の体となって、息をふき返した。若者たちは喜びあい、主たちも一緒に喜びあった。



 このあと、おれたちも供犠にしてよみがえらせてみろ、と迫った主たちを双生児の神は奸計にはめて、ずたずたに切り裂いたまま殺してしまったことは言うまでもない。そうやって暗黒の世界シバルバーを平らげると、フンアフプーとイシュバランケーのふたりは光に包まれて天上にのぼり、ひとりは太陽に、もうひとりは月になったと伝えている。



 もはや生と死の境界すら溶けあって、めくるめくカオスだけが支配する世界――。それは、作曲家レブエルタスがわずか40年の人生を駆け抜けた世界でもあったろう。



 わたしは長らく『マヤ族の夜』をエンリケ・バティス指揮のメキシコ・シティ・フィルハーモニー管弦楽団が行った録音(1992年)で親しんできたのだが、先日(2025年7月21日)、大学時代以来のフルート吹きの友人が所属する新交響楽団のコンサートで初めて実演に接することができた。ステージ上で「私はマーラーやブルックナーよりレブエルタスのほうが好き」とコメントした指揮者・坂入健四郎のリードのもと、オーケストラはのっけからただならぬ熱を帯び、楽章を追うごとにめらめらと燃えあがって、クライマックスの「魔術の夜」では、最後列にずらりと並んだ12人の打楽器奏者がこの日のために手ずから製作したという民俗楽器を打ち鳴らして阿鼻叫喚の轟きを現出させた。そのとき、わたしの眼前にはっきりと『ポポル・ヴフ』の光景が立ちあがったのである。 



一号館一○一教室

とある大学の学生記者・カメラマンOB・OGによる先駆的Webマガジン     カバー写真:石川龍