ヒュー・ロフティング著『ドリトル先生航海記』

わたしはいまにして
動物たちと会話できそうな


715時限目◎本



堀間ロクなな


 「ポリネシア!」



 頭上の電線にとまった鳥を見て、わたしはそう声に出さずに叫んだ。――この書き出しで、すぐさまドリトル先生のオウムを思い浮かべるひとは同世代に多いことだろう。かつて、おそらくは日本じゅうの小学校の図書館に岩波書店版のヒュー・ロフティング作/井伏鱒二訳の『ドリトル先生物語全集』全12巻が備えてあり、そして、おそらくはどこでも子どもたちが先を争ってむさぼり読んだはずだ。



 もちろん、わたしもそのひとりで、あるとき西武新宿線で塾へ向かう途上で読み耽っていて、両手で本を開いたまま駅のホームから線路に落ちたことがある。いまにしてみれば、あれほど熱中した読書はかけがえのない体験だったと思える(まあ、そのときもし列車が入ってきていたら、こんな回想もしていられなかったわけだけれど)。



 一連のシリーズの実質的な起点となる『ドリトル先生航海記』(1922年)では、イギリスの田舎町パドルビーの貧しい少年トミーがたまたま傷ついたリスを拾い、近くの住人から動物の言葉のわかる医師がいることを知らされる。そのドリトル先生のもとへさっそく出かけ、犬のジップやアヒルのダブダブなどで賑やかな屋敷でリスの容態を診てもらっていると、一羽の緋色の鳥が飛んでやってきた。ポリネシアという名前のこのオウムこそ、ドリトル先生に動物語を教えた張本人で、いったん故郷のアフリカへ戻ったのち5年経って帰ってきたのだった。そんな奇跡の再会の場面に出会ったときの胸のときめきを、わたしは久しぶりによみがえらせたのである。



 というのも、この夏、こんな出来事があったからだ。愛犬たちを連れて近所を散歩中、一軒の庭先でバタバタと音がして、フェンスを覆う庭木の保護のための網にヒヨドリが捕らわれて身動きできずにいるのを見つけた。そこで、周囲にひとの目がないのを確かめて、わたしが絡みついた個所を引き裂いてやると、ヒヨドリは慌ただしく飛び去っていった。尾羽一枚を残して……。それから半月ほどして少々離れた住宅街を散歩していたとき、ふと、頭上の電線にヒヨドリがとまってこちらを見下ろしているのに気づいて、遠目に尾羽が欠けている印象もあったものの、まさか、と考えて通り過ぎた。ところが、翌日も散歩中に同じ場所でその姿を見出して、たとえオウムではないにせよ、わたしは思わず「ポリネシア!」と叫んでしまった次第。



 そのとたん、ヒヨドリは電線から飛び立って夕暮れの空にセミを追いはじめたのだが、それはたんにエサを捕るためのようにも、あるいは、わたしの前に突き落としてプレゼントにするためのようにも見えた(結局、セミは無事に逃げおおせたけれど)。ともあれ、わたしは束の間、ヒヨドリとのあいだで親密な会話が成り立ったのを実感した。



 『ドリトル先生航海記』において、ポリネシアはトミー少年に対して動物語習得の秘訣をつぎのように伝える。



 「鳥や動物の、ごくこまかいところにも注意をはらうことがたいせつです。これがつまり観察力というものです。歩きかた、頭の動かしかた、羽ばたき、においをかぐときの鼻の動かしかた、ひげの動きぐあい、尾のふりかたなど。もし、動物ことばを習いたいのでしたら、はじめはまず、こんな小さなことにも気をつけねばなりません。いろいろの動物たちは、たいてい舌では話をしないようです。舌のかわりに、呼吸や、尾や、足を使います。というのは、ライオンやトラが、たくさんいた大昔は、動物たちは、じぶんよりもつよい動物に声をきかれるのをおそれたので、声を出さないようにしていたからです。でも鳥類は、それほどではありません。いつでも飛んで逃げる、翼がありましたからね。とにかく、動物のことばを覚えるには、注意ぶかくすることが、なによりもたいせつです」



  なるほど、と頷きたくなる。かつて小学生のころには至上の夢物語と思えた動物語の習得が、とっくに還暦も過ぎたいまになって、案外、それほど難しいことではないのかもしれない、と思い当たって口元がほころんでくるのである。こちらがその気にさえなれば周囲の動物たちといくらでも会話を交わせるのだろう。そんな大いなる発見について、あとで親しい友人に話して聞かせたところ、わたしよりもさらにロマンティックな気性の持ち主らしい相手は笑顔でこう応じた。



 「じゃあ、いつかは『蜘蛛の糸』ではなく、『鳥の羽』によって救ってもらえるのかもしれないね」



 どうやら、わたしが地獄に堕ちるものとハナから決めてかかっているようなのだった。


  

一号館一○一教室

とある大学の学生記者・カメラマンOB・OGによる先駆的Webマガジン     カバー写真:石川龍