ドラマ『太陽にほえろ! 鶴が飛んだ日』

男のひと言、
「オレもつきあってやる」


 716時限目◎その他



堀間ロクなな


 俳優・露口茂の訃報に接した、老衰により享年93。かつて『太陽にほえろ!』(日本テレビ系列)に熱中した者にとって、かれが演じた「山さん」こと山村刑事はテレビドラマで出会ったなかで最も魅力的な人物のひとりだろう。その死により、胸中にぽっかりと空洞の開いた思いを味わっているのは決してわたしだけではないはずだ。



 1972年から毎週金曜午後8時~に放映スタートしたこのドラマは、警視庁七曲警察署の捜査第一係を舞台に、「ボス」こと藤堂係長(石原裕次郎)をはじめ、「山さん」、「長さん」こと野崎刑事(下川辰平)、「ゴリさん」こと石塚刑事(竜雷太)、「殿下」こと島刑事(小野寺昭)の常連メンバーと、そこに転属してきた新人の「マカロニ」こと早見刑事(萩原健一)の活躍を描いたものだ。そして、1年後に早見刑事が殉職して「ジーパン」こと柴田刑事(松田優作)に代わり、さらに1年後に「テキサス」こと三上刑事(勝野洋)にバトンタッチする。シリーズは14年あまりにわたって続いたが、わたしにとっての『太陽にほえろ!』はこの3年間であり、いまでも折に触れてDVDで見返しては当時の感興をよみがえらせている次第。



 手練れのベテラン刑事の「山さん」は、「ボス」の片腕として捜査活動を取りまとめ容疑者を自白に追い込む一方で、ときには犯罪の内面に分け入ってドラマを単純な勧善懲悪から解き放つ役割も担っていた。そうした数々のエピソードのなかで、わたしが真っ先に思い起こすのは第79話『鶴が飛んだ日』(1974年1月18日放映)だ。



 七曲警察署が管内の麻薬精製組織を追っていたところ、一味は逆に捜査側の「殿下」を密告者に仕立て上げるため罠にかけて、ニセ医者の手で栄養剤と偽って麻薬を注射していく。「殿下」はやがて体調の異変に気づきながらも、同僚や恋人の麻江(有吉ひとみ)に不安を打ち明けられないまま休暇を取ったところ、廃工場の地下室に拉致されて麻薬漬けとなり密告者になるよう強要される。が、朦朧とした意識のなかでかろうじて麻薬の包装紙で折った鶴を天窓から放ったことで、すでに近くまで捜査の網を絞りつつあった「ボス」以下の面々が居場所を突き止めて犯人グループを一網打尽にする。しかしし、この回の本当のクライマックスはそこからだった。いまや麻薬中毒者と化した「殿下」の体内から麻薬を抜いてもとに戻すための戦いがはじまって……。



 そもそも、ゴールデンタイムのテレビが麻薬中毒といったテーマと真正面から向きあう例など、それまであったのかどうか。実は、このストーリーは、前年の10月末に神奈川県川崎市の登戸郵便局を発信地としてテレビ局に届けられた原稿用紙15枚ほどのプロットにもとづくもので、のちに差出人は視聴者の女子高生と判明したらしい。そこで思い出すのは、当時、中学生だったわたしも熱中したあまり、やはり原稿用紙にプロットを書いて送りつけたことだ。それは、「殿下」が事件を追っていくと容疑者が恋人の麻江と瓜ふたつのためにうろたえてしまったのを「山さん」が人情味あふれるやり方でケリをつけるという、いかにも甘ったるい内容で、この女子高生の気迫の籠もった作品の足元にもおよぶものではなかった。



 「オレもつきあってやる」



 「山さん」はそう告げると、廃工場の地下室の扉を閉ざし、「殿下」と自分を手錠でつないだ。やがて「殿下」に禁断症状が表れて、全身を震わせながら叫びだし、暴れまわり、ついには半狂乱となって激しい殴りあいまで繰り広げ、双方の手首は鮮血をほとばしらせる。そのあげく、ついに「殿下」の体内にあった麻薬がことごとく抜け去ってふたたび安眠を得ることが叶ったのだった。夜が明けて、「山さん」が地下室の扉から出てきて、外で待機していた「ボス」や麻江にそれを報告したあとで、同僚から差し出された一本のタバコをうまそうに吸う神々しいばかりの姿といったら! 



 そのとき、中学生のわたしは「山さん」が「殿下」に向かって発した、まさに男のひと言にどれほど憧れ、いつか自分も口にできることをどれほど夢見たろう。そして、はるかのちに図らずも、ただ一度だけ、それが実現したのである。



 「オレもつきあってやる」



 まあ、具体的なシチュエーションは明かすまでもないだろう。もちろん、廃工場の地下室での壮絶な一幕に較べたらずっとおとなしいものであったけれど、あのセリフを口にしたときだけは確かに「山さん」になり切れたのだった。自分の平凡な人生にほんの一瞬でも男のドラマの輝きを添えられたことに対して、わたしはいまあらためて露口茂に心からの感謝を捧げたい。 



一号館一○一教室

とある大学の学生記者・カメラマンOB・OGによる先駆的Webマガジン     カバー写真:石川龍