野村芳太郎 監督『八つ墓村』
旧家の屋敷という
ミステリー
756時限目◎映画
堀間ロクなな
横溝正史の原作を映画化して一世を風靡した野村芳太郎監督の『八つ墓村』(1977年)は、主役が旧家の屋敷だ。
東京でサラリーマンをつとめる寺田辰弥(萩原健一)がいきなり、亡き母と自分のルーツである岡山県の山村へ呼ばれたことからミステリーが幕を開ける。その周囲には、由緒ある多治見家の跡取りとして辰弥を迎え入れる異母姉の多治見春代(山本陽子)、28年前に多くの村人を殺害したまま行方不明になったというふたりの父の多治見要蔵(山崎努)、そして、新たに発生した連続殺人事件の調査のためにやってきた名探偵・金田一耕助(渥美清)、美貌の真犯人・森美也子(小川真由美)……と、ひと癖もふた癖もある人物たちが出没する。
だが、かれらよりずっと存在感を誇っているのが旧家の屋敷だ。そんなふうに思うのも、自分自身に覚えがあるからだろう。
わたしの亡くなった母の生家は、千葉県の銚子に近い飯岡という土地の大地主で、小学生のことは学校まで家の土地だけを踏んで通ったという。それらの大半は戦後の農地改革により失われてしまったが、茅葺き屋根のだだっ広い木造家屋だけは往時を伝えて、母は父と結婚して東京・多摩地区に住むようになってからも毎年、夏休みにはわたしと弟を連れていそいそと里帰りしたものだ。その記憶をよみがえらせれば、映画のなかの多治見家とは場所柄も風俗習慣もまるで異なるにせよ、わたしは旧家の屋敷として双方に相通じるものを見て取らずにはいられない。三つのポイントに絞って説明してみよう。
(1)そこは女たちがマネージしている
映画の多治見家では、現当主・久弥(山崎努の二役)以下の男たちが中枢の座にあるかのように見えながら、実のところ、家政をマネージしているのは上記の春代や美也子をはじめとする女たちで、その頂点に双子の老婆、小竹(市原悦子)と小梅(山口仁奈子)が君臨する。彼女たちは非日常の祭事から日常の家事までを担い、ときには飲食物に薬やら毒やらを混ぜるなどしながら、旧家の生と死を取り仕切ってきたことが明かされる。
現実の飯岡の家にも奥の間にお婆さんが鎮座して(母にとって血縁関係のない祖母にあたるらしい)、現今の高齢女性とは比較にならない妖気を発していたので、子どもの目には魔女か鬼婆にしか見えず、たまにお菓子をくれるという場合でも手が震えたものだ。また、夕食が済んだあとに、わたしと弟がいとこたちといっしょに寝床に入れられると、隣の部屋から襖越しに母も加わって女たちがひそひそと意味不明の方言で密談しているのが聞こえて、いつまでも寝つけなかったことも憶えている。
(2)そこには血なまぐさい過去がある
長い歴史を引きずる旧家ならば、そこには血なまぐさい過去もあるだろう。映画の多治見家では、戦国時代に先祖が報償金目当てに落ち武者狩りを行ったことから八つ墓村と呼ばれ、その祟りでいまの世に連続殺人事件が引き起こされたという設定になっている。
飯岡の家にはさすがにそこまで禍々しい過去はないようだが、江戸時代にこの地で威勢をふるったヤクザの親分・飯岡助五郎のもとに珍しい子分のいたことが伝えられている。両目が見えないもかかわらず居合抜きの達人だったかれの呼び名は「座頭市」――。そう、後世に勝新太郎の当たり役によって国民的ヒーローとなった盲目の侠客のモデルで、事実、家の近くには小さな機縁の石碑が立っている。さほど広くもない土地で大地主とヤクザの親分といったらそれなりの交流があったはずで、わが先祖は座頭市とも知りあっていたのではないかと想像しているのだ。
(3)そこには洞窟の闇がひそんでいる
映画の多治見家がそびえたつ地域には天然の鍾乳洞が広がっていて、そこがドラマのクライマックスの舞台となる。名探偵・金田一耕助は辰弥とともに地下の迷路をさまよいながら、すっかり困惑した顔つきで「どっちにしても多治見家に近づいていることは……、いや、自信はないな」と口ごもっているから、結局、この旧家の屋敷はフランツ・カフカの『城』のごとく、最後まで人間が辿り着くことのできない不条理の存在だったことを暗示しているのかもしれない。
飯岡の家の周辺に鍾乳洞のたぐいはなかったが、近くの菩提寺の裏山には戦時中の防空壕がそのままの形で残り、横穴の入り口を木の柵が塞いでいた。「絶対に入っちゃダメ」と大人たちにいわれていたけれど、ある日の午後、わたしはひとりで足を向けて、木の柵をずらしてなかに忍び込んだ。恐る恐る一歩、二歩と進んでいくと、やがて深い闇の向こうから立ち現れたものは……。
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