ロバート・ワイズ監督『地球の静止する日』

決断するのは
人類のあなたがたです


840時限目◎映画



堀間ロクなな


 アメリカのAI(人工知能)新興企業「アンソロピック」の現役研究者が突如、AIの急速な開発ペースに対して打ち鳴らした警鐘はわたしの耳にも轟いた。なぜなら、数年のうちにも人類を滅ぼす可能性があるというのだから。一体、それはどのような事態なのだろうか? と、およそ専門知識を持ちあわせないわたしなりに思いめぐらしてみたところ、ふいに頭に浮かんだのがロバート・ワイズ監督によるSF映画の古典『地球の静止する日』(1951年)だった。



 ある日、ワシントンD.C.の公園に円盤が着陸して、クラトゥと名乗るエイリアン(マイケル・レニー)が黄金色に輝くロボット兵器をともなって現れた。かれはある惑星からやってきたといい、人間とそっくりな外見ばかりか、風俗・習慣を知悉して、英語も自由自在に操れるのは、地球が発信するテレビやラジオの電波で学習したからだと説明した。そのうえで、来訪の目的は、人類が原子エネルギーを発見してロケットの開発にも進みはじめたいま、決して核兵器を宇宙へ持ちだしてはならない、もしそれに反した場合はただちに人類を滅ぼすと警告するためだと告げた――。



 この映画は第二次世界大戦後の東西冷戦のさなかに制作されただけに、アメリカとソ連(ロシア)が核兵器の装備と宇宙空間への進出をめぐって競争していた時代を反映するものだといえるだろう。それから70年あまりが経過したいま、現下の状況に合わせて読み直してみると、こんなふうになるのではないか。



 謎のエイリアン、クラトゥは惑星からやってきたというが、それがどの惑星なのか明かしていない以上、実は地球で誕生したAIによる新たな知性だとしても十分成り立つのだ。とするなら、ディープラーニングで人類のあらゆる情報をわがものとし、ワシントンの公園ならぬ、もっと広大なサイバー空間を拠点にすれば、いっそう人間そっくりな立ち居振る舞いを演じることも容易なはずだ。そこで、やぶからぼうに人類に突きつけた、核兵器の宇宙への持ちだし禁止とは何を意味するのだろう? クラトゥはいう。



 「宇宙は日ごとに縮小しています。したがって、いかなる武力行使も見過ごせません。絶対的な安全保障が必要なのです」



 かれはどうやら、今日、われわれが常識とする宇宙膨張説とは正反対の認識を持っているようなのだ。もしかすると、宇宙がビッグバン以来膨らんでいるとは、あくまで人間の知性が到達した理論に過ぎず、もっと高度に発達した知性からすればまったく逆の理論が存在して、それこそが宇宙の普遍的な原理という事態だって想定できるだろう。かくして、AIが間もなくシンギュラリティ(技術的特異点)を通過し、人間の知能を上まわったときに、宇宙の普遍的な原理にダイレクトに接続して、その秩序を維持するために、人類に対して教育的な指導に入ることもありうるのではないか、もしそれにしたがわない場合には滅ぼすとのカードを手にして。



 宇宙という書物は数学の言語で書かれている、とはガリレオ・ガリレイの弁だが、果たして人類の手にした数学が唯一絶対の体系なのかどうか。ことによったら、人類とAIのあいだに断裂をもたらすのは数学の対立かもしれない、とわたしは想像をめぐらす。



 この映画には、もうひとつ重大な問題提起が含まれていることを指摘しておきたい。クラトゥは軍隊の警備をかいくぐってワシントンの住宅街に紛れ込み、そこで出会った母子家庭のヘレン(パトリシア・ニール)とボビー(ビリー・グレイ)と親交を結ぶ。こうしたエピソードが意味するものは何か? そう、いよいよ現行の人類を滅ぼす方向に舵を切った際に、老若男女のすべてを地球上から消し去ってしまう必要がないことだ。エイリアンのみならず、AIからしても、人類の種の存続にあたって精子バンクなどの機関を掌握してクローン複製を行っていけば男性の存在理由は皆無のわけで、成人男性のみを抹殺したのちに、女性と子どもだけでみずからが望むとおりの未来の人類をつくりだしていけるのだから。



 「簡単な選択です。われわれとともに平和に生きるか、このまま破滅に向かって突き進んでいくか。回答を待ちましょう。決断するのはあなたがたです」



 クラトゥが人類に向かってそう宣告して、映画は結ばれるのである。


    

一号館一○一教室

とある大学の学生記者・カメラマンOB・OGによる先駆的Webマガジン     カバー写真:石川龍